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’09年1月末AOL映画掲示板、ブログが終了、気分新たにマイペースで、音楽・芸術鑑賞、ユーミン関連、読書、英検1級対策、グルメ、仕事等含めて書いてます。英検は’11年11月に無事合格達成出来ました!

by MIEKOMISSLIM

カテゴリ:音楽・日常( 3 )

金環食

21日早朝の金環食、家のビルの屋上から、見ることが出来ました。


当日、東京では太陽が欠け始めるのが6時19分、とのことで、その頃にも上がってみたけれど、雲が厚く、これはダメだ、と戻って、一応丁度金環食になる7時半の10分位前に目覚ましをセット、再度就寝。

そして7時半前、母も来て声をかけて先に上がってて、私は余り期待せず階段を昇っていくと、何と踊り場に薄日が差してて、ちょっと驚き。上に着いて空を見ると、雲はあるけれど、さっきよりは結構薄め。

ここは4階建て屋上で、その頃には、近所のビルの屋上でも、観測グラスを手にした人々や、望遠鏡を向けてる人の姿がちらほら。

私達はまず、簡単な観測グッズで、それぞれ覗いてて、私のでも母のでも、まず小さな欠けた丸の影、が映ってて、金環食の瞬間は、リング、というよりドーナツ型の小円が出現。


a0116217_23122367.jpgこのグッズは、前日に日用品で手作り。元々当日天気も良くなさそうと聞いてて、観測グッズも準備しておらず、

数日前にはもしかして薄っすら見えるかも、と聞いたけれど、近隣店では手頃なグッズももう売り切れだろうし、と探しもせず。

でも前日、めったにない事だし、もし見えたら、と思って、ちょっと観測方法をサイトで検索してたら、ピンホールの原理を使った日用品で出来るグッズ、の作り方の載ったサイト発見、

それは、ラップの芯の両端をアルミホイル、ビニール袋の断片で覆って、アルミホイル側に小さな穴をあける、というものだったけれど、生憎私の所にはラップの空きはなく、ダンボール箱などで、というのもどうも大層で、

別の個人ブログで見かけた、神戸新聞に載ってた、というピンホールスコープ、というのにして、2枚の丸めたボール紙の端をそれぞれアルミホイル、ビニール袋断片で覆い、やはりアルミホイルに穴をあけ、2本の筒を組み合わせるタイプに。

製作時間は5~10分程だったか。母の所に食事に行った時、それも持っていって見せて、母も、観測グッズは用意してなかったけれど、まあ天気の加減で見られるもんなら見てみたい、という感じ、

母の所には、丁度使い終わったばかりのラップの芯があったので、先に見たグッズの作り方で、その場ですぐ作れて、即席準備してた、という次第。


2人で環の影が見えた!と言ってるうちに、ふと肉眼で見上げてみたら、雲のせいで、そう眩しくもなく、太陽の中に薄黒く月が入り込んで、リングになってるのが見えて、何ともシュール、

母にも、そのままでも見えるで、と言ったら、母も肉眼で環を確認。その後、地上からでも、金環食が終わって元に戻っていく時の形も、何度か肉眼でもチェック、その内本格的に晴れてきて、肉眼では無理に。

手作りグッズのビニール側に映った小さい影映像、も一応機能は発揮したと思うけれど、それに比べたら、目には良くなかったとは思うけれど、少しの時間でも、肉眼で、あの神秘映像を確かめられたのは、程よく曇ってたお陰、ある意味幸運だった、と。


付近の学校でも、小学校でグラスを貸し出してたり、いつもより早めに校門を開けてたり、という所もあったようで、教室の生徒も、家族と一緒に家から見たとか、通学途中で見たとか、

まあ余り興味なかった子もいるけれど、多かれ少なかれ関わったイベントだったようで、

母が言うには近所や職場でも、予報だと天気も良くなさそうでグッズを買っても無駄になりそう、と見送った、とか直前気にはなったけれどグッズも手に入らないだろうと諦めてた、手頃なのを置いてる店には長蛇の列で諦めた、とか

後でTVやネットで見た、という人もいたようで、起きて、直接見られたのは良かったですね、と言われたとか。


あの朝ふと思い出したのは、20年位前母と富士五湖辺りに行った時、初日ロープウェイで昇った展望台で、最初雲が厚く富士山を覆ってて、全く見えずがっかり。

しばらくして、戻ろうとした時、サーッと一部雲が晴れて、富士山の上部が見えたこと。母にちょっと言ったら、そんなこともあったなあ、と。


最近、たまに夜空が目に入っても、星もほとんど見えないし、空を見上げる、というような折もめったになく、母は子供の頃、ガラスに墨を塗ったようなグッズで皆既日食は見た覚えある、そうですけれど、

思えば私はそういう皆既日食観察もしたことがなく、今回、同じ場所で何百年スパンに1回見られるか、という宇宙の偶然のたまもの、リング太陽像、が見られてちょっと感慨、というイベント。


そして、おまけというか、それ関連でYou tubeで映像探した時、中島みゆきソングが関連動画にあって、何故?と思ったら、'92年の「夜会」のがタイトルが「金環食」、その時歌われた曲が挙がってて、

その中に「泣かないでアマテラス」という曲。そう言えば子供の頃、天照大神が世の中を憂えて洞窟に隠れてしまう、のような話の覚えがあったけれど、その岩戸に隠れる話、というのは、金環食がルーツ説、を今回見かけたり。

今でこそ科学的に、日食の原因は判ってるけれど、やはり太陽が欠けるメカなど判らない古代の人達にとっては、不気味で、色々神話・伝説の元にもなったのだろう、とか実際そのシュール映像を目の当たりにして、改めて。

        

「夜会」は、私は’95年の「夜会 2/2」に一度行ってて、芝居形式、この「泣かないで・・」の歌シーンだけだと、その世界観というか、雰囲気に入っていきにくいけれど、芝居の流れの中での盛り上がり、感慨があるのだろうと。
         
そして、同じく関連画像にドリカムの「時間旅行」という曲。これは'90年の「WONDER3」というアルバムの曲で、歌詞にまさしく”2012年の金環食”が入ってる、と。

                    

これは当日朝金環食を見た後に気付いて、一部聞いてみたら、確かに今回の金環食を未来のリングのプレゼント、に見立てた歌詞のあるラブソング。

ユーミンの「ジャコビニ彗星の日」の、ジャコビニ流星群は毎年見られて、歌詞の’72年は特に大流星群が見られる、と日本でもブーム、その7何年後の曲だったけれど、この曲はリリース22年後、ついに実現、という曲だったのだった、と。

そういう所で、ちょっとプラスαな関連曲発見も、というイベントでもありました。

関連サイト:身近な材料でピンホールカメラを手作り NAVAERまとめ
関連記事:サヨナラCOLOR(’04)ガラスの使徒(つかい)(’06)間宮兄弟(’06)2/2(’05)SONGS DREAMS COME TRUESONGS 工藤静香宙船(’06)



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by MIEKOMISSLIM | 2012-05-24 23:14 | 音楽・日常 | Trackback | Comments(0)

押入れの整理<1>

一昨日から、押入れの整理に取り掛かりました。ずっと、一度しなければ、と気になりつつ、英検のケリがついたら、と思ってて、ようやく着手。

部屋は3.11以来の散乱状態。先日からツイッターにも書いてたように、英語関連ものもちらほらあり、ありとあらゆる色んなモノが出てきて、骨も折れつつ、楽しみでもあるのですが、仕事挟んで進めてて、まだ整理、というより点検が半分~3分の2位終わった所。

こんな物を持ってたのだったか、というものも折々。旅先やらの様々なパンフレット、忘れてた写真の束、昔の手紙や年賀状類、一度書いたのだった小説原稿、デザイン学校に行った時の画材一式、編みかけの白いセーター、毛糸、色んなカバン・袋類、化粧品とか雑多なもの、

ニナリッチの香水や石鹸、サラ・ミッダの石鹸、綺麗な大皿・取り分けナイフセット、一輪挿しとか、日常眠らせておかないで使える、というものも。

a0116217_22421759.jpg特に掘り出し物、というか、出てきて嬉しかったのは、今や三越からコーナーが消えた、サラ・ミッダのバスタオル、

小樽オルゴール堂で買ったのだった「MELODY」の旋律のオルゴールが、壊れずちゃんと鳴ったり、多分結婚式の引き出物だったか、ティーカップペアセット、

自分で買った覚えももらった覚えも全くない、箱の表示ではアメリカ製らしい青い服を着た女性のブローチ、当分見てなかった、小さなツリー再発見、で、前のように玄関に飾ったり、

'90年初渡米時の、1年期限の国際免許書、なんていうのも出てきて、この時グレイハウンドバスのパスを買ってて、運転の予定など全くなかったのに、取ってたのだった、と、何だか当時の”弾み”のようなものの残り香。

そして、今にして、の「LOVE WARS」鉛筆、「TEARS AND REASONS」キャンドルやコースター、「ALARM a la mode」ステッカー、ロッテバブルガムの、「彼から手をひいて」歌詞付きの「SURF&SNOW」ミニアルバム、という小カード、とかのユーミングッズ。

まさにこういうのが、あったのだった、というものばかり。「LOVE WARS」鉛筆は、ケースに6本入ってて、スペース的には10本入りだったのか?何だか今更、恐れ多くて使えない、という感じ。以前JR駅の北口付近に、新星堂という店があって、そこでニューアルバムを買うごとに、こういうのをもらったのだった、と、これも郷愁。

まだ何が出てくるやら、ですが、出来たら今週中には片付けたい所です。

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              <掘り出しユーミングッズ>
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by MIEKOMISSLIM | 2011-12-14 23:21 | 音楽・日常 | Trackback | Comments(0)
昨日、近くの馬橋神社で春秋恒例らしい「鎮守の森コンサート」、今回は東日本大震災チャリティーも兼ねての、タンゴ曲コンサートで、母と行ってきました。丁度着いた頃に、雨模様になって、椅子を並べた客席に大テントが被さるように、何人かで動かして、の地域手作り的公演でしたが、

その内雨も止んで、後半はちょっと西日が眩しい位。折に桜の花弁も舞ってきたり、舞殿をこじんまりしたステージに、ちょっと珍しい、神社での生のタンゴ演奏を味わいました。観客は席数からして百人位、親子づれもいましたが、割と高齢層。

a0116217_20352688.jpg演奏に先立って、白髪のやや大柄な神主さんが挨拶。震災の事に触れて、本当に大変な事になった、80何年生きてきて、こんな震災は初めてだ。もし東京で起こったら、ここらは水浸し、という事はないだろうけれど、どんな被害があるかか判らないのが災害、等と、1ヵ月後の防災訓練参加を呼びかけたり、

今回のチャリティ寄付の趣旨も述べて、まず私から、と、募金箱に自ら1万円札を入れてから箱を席に廻し、会場から軽い笑いとどよめき。

この神社の催し、私は参加した事なかったですが、母はたまに行ってて、結構折に触れこういう芸能イベントや、祝い事の食べ物を振舞ったり、地域に根ざした催しをしてるようで。帰りにも、柔らかな心持の神主さん、と言ってましたが、私もタンゴを神社で、という所からして、割と柔軟な姿勢、と思います。


出演は「ドリームセステート」という6人編成グループで、バンドネオンの60代位かの男性の娘さんがピアノで、バイオリンとベースが20代位の男性、+進行役のバンドネオンの女性とバイオリンの女性の中年層、という3世代バンド、という紹介で、アットホーム的な雰囲気。

加えて、7曲で、金子なつみという歌手登場、で歌付き。初耳の人でしたが、後でちょっと検索したら、東京・横浜で活動してる、横浜出身のシャンソン・タンゴシンガーのようで。声量あって、オーソドックスに上手く、面立ちが「中尾ミエ」似という印象。

演奏曲は、第一部:夜明け/ラ・クンパルシータ/カンタンド/バラ色の人生/フェリシア/小雨降る径ジェラシー/バラのタンゴ/淡き光に/奥様お手をどうぞ/夜のタンゴ/タンゲーラ

第二部:碧空/エル・チョクロ/ジーラ ジーラ/ボルベール/ジェラシー/オルガニート・デラ・タルテ/エル・ウルティカモ カフェ/恋心/涙と笑い/小さな喫茶店/アディオス パンパ ミーア

アンコール:また君に恋してる/花祭り


私が曲名共に知ってたのは「バラ色の人生」位で、メロディに覚えあったのは「ラ・クンパルシータ」「エル・チョクロ」「ジェラシー」「恋心」「花祭り」。「バラ色・・」は、歌う前、エディット・ピアフ自ら作詞、と紹介、「エディット・ピアフ 愛の讃歌」でも流れたかと思うのですが、その後聞いたのは「WALL・E/ウォーリー」でルイ・アームストロング版が使われてたのだった、と。

「恋心」は、確かこれは日本語版があった、と思って、You tubeで検索してみたら、岸洋子、越路吹雪、そして高橋真梨子版もあったのでした。



(★昨日から、投稿の時、「Webページからのメッセージ」で、You tube 埋め込みコードの「・・はセキュリティ上使用できません」旨の表示が出て、動画表示できません。今、エキサイトにメールで問い合わせていて、一時的な不具合であって欲しいものです)

(5/5追記:今日試してみたら、通り埋め込みが出来て、従来通りになってました。良かったです)

「ボルベール」は、ペネロペ・クルスの出てた「ボルベール 帰郷」で、フラメンコ調で使われた、と言ってましたが、生憎未見で曲も聞き覚えなく。最後の「花祭り」はアンデス民謡らしいですが、唯一2番を日本語歌詞で歌い、この曲では手拍子も起こって、盛り上げて締め。



母は、意外というか、半数以上曲名も知っていて、ほとんど馴染み曲。それは若い頃、生家の向いに、ダンス教室があって流行、自分も習いに行きたかったけれど、祖父が、銀行勤めをしてながらダンスなんて、と許してくれず、

でもよく音楽が流れてきたし、練習を見に行ったり、当時ラジオからも流れてきて、自然に覚えてて、本当に懐かしい、等と、いつになく快活な話し振り。

母とは一緒にコンサート、というと、いつか代々木体育館でのユーミン位。本人は、故郷にいた頃もたまに合唱をしてたり台所で歌ってたり、音楽好き、とは思ってても、ほとんどまともに音楽の話もした事はなく、そういう青春期があったのだった、と、何だか今にして、母娘とはいえ、この人の事を余り知らなかった、等と改めて。

5/1追記:そして今、こうして東京で2人で、神社でのタンゴ演奏を聞いてる、そういう事が、思えば妙にどういう運命のアヤなのか、とか頭を過ぎったり。でも振り返っても仕方ないし、とりあえず2人健在の有難さ、現状を大事に、とも改めて。


a0116217_23314152.jpgこれだけまとめて、シャンソンも混じって、ですがタンゴ生演奏を聞いたのは初めて。金子なつみが、アルゼンチンタンゴは、90%位が、男が女に去られすがったり悲しんでる内容、と言ってたのですが、日本の歌謡曲のような曲調、のようなものもあっても、バンドネオンのタッチもあって、概して歯切れいい、という感じ。

進行役のバンドネオンの山川智子さんが、震災後、しばらくは音楽を、という気にもならなかった、被災地の方も、しばらくは、静かな音楽から、かもしれないけれど、

タンゴは、心臓の鼓動とリズムが似てるので、元気を出していこうという時に聞いてもらえれば、というような趣旨の事を言ってて、歯切れいい、という感覚は、そういう所からきてるのかも、と。

まあ身近なチャリティ参加、と同時に思ったより演奏にも満足、リフレッシュにもなったし、ひょんな所で母の音楽好みが判った、という事でも、行ってみて良かった、というイベントでした。

関連サイト:馬橋稲荷神社
関連記事:エディット・ピアフ 愛の讃歌(’07)WALL・E/ウォーリー(’08)
(スレッドファイルリンク(ここでは「エディット・ピアフ 愛の讃歌」)は開かない場合あるようです。)

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by MIEKOMISSLIM | 2011-04-30 21:19 | 音楽・日常 | Trackback | Comments(0)