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’09年1月末AOL映画掲示板、ブログが終了、気分新たにマイペースで、音楽・芸術鑑賞、ユーミン関連、読書、英検1級対策、グルメ、仕事等含めて書いてます。英検は’11年11月に無事合格達成出来ました!

by MIEKOMISSLIM

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一昨夜、NHK「SONGS」スペシャルでユーミン登場、一部オンタイム、一部録画で見ました。歌ったのは「(みんなの)春よ、来い」「聖歌 いざやともに」「翳りゆく部屋」「ベルベット・イースター」「恋をリリース」など。

昨年の「Road Show」ツアー最終公演地だった仙台ステージの様子、被災したファンの女性、1年がかりのチャリティプロジェクト「(みんなの)春よ、来い」の終結レポート的、でもあって、

母校立教女学院訪問、礼拝堂でのライブ、「ひこうき雲」時代の曲が出来たルーツの校内の場所での弾き語り、この秋帝劇で予定の貫地谷しほりとの舞台の抱負、新曲「恋をリリース」など、なかなか色々と感慨。


昨年4月予定だった仙台公演は中止になって、11月、最終地に持ってきてたのでしたが、それにちなんで、壊滅的被害地の1つだった南三陸町で、津波で実家の寺、多くの友人を失ったユーミンファンの女性の姿。

現地はまだ、壊れた車が所々野晒しになったまま、約200坪だったという実家、寺の跡形もなく荒涼としてて、久方にTVでこういう風景を目にして、あれは11月時の映像か最近だったのか?とにかく8ヶ月、または1年経ったからといって、やはりまだ津波の脅威の爪あとそのまま、という現実。

その人が、その更地、と化した場所で、ここらが自分の部屋で、この辺に大切にしてたユーミンCD、グッズ、ビデオとかあった、などと草の伸びてる地面を指す様子。

震災後、ショックでふさぎこんでいる中、TVでユーミンの「(みんなの)春よ、来い」を聞いた時、涙が出てきた、優しく、これから頑張りましょう、というような感じで、色んな思いがこみ上げてきた、などと回顧。

やはり辛い中、ユーミン曲に愛着あるファンならなおさら、というこの曲の染み入り方、だったのだろうな、と。ユーミンはこの曲について改めて、自分にとっての「春よ、来い」という祈りは何なのだろう、と思い浮かべて欲しいですね、などとコメント。

そして11月のその仙台ステージ、「ひとつの恋が終わる時」「DESTINY」など、その女性も会場で、「DESTINY」にあわせて踊ってる様子。

最後に、ユーミンが涙声で呼びかけて、こんな事くらいしか出来なかったけれど、皆と幸せになろうとと思って作った曲です、よかったら一緒に歌って下さい、と、「みんなの春よ、来い」合唱。何だか「紅白・・」の彷彿で、ジーンと目頭にくるものが。


ロビーでの観客の声も、始まる前「(ユーミンは)絶対来ると思ってました」「本当に楽しみに待ってました、やっぱりこういう震災の後ですからね」という女性達の声、

「震災後、非常に苦しい生活をしてたけれど、段々よくなって、それと共にこういう音楽も楽しもうと思ってやってきました」などという男性の声。

終了後は、やはり「春よ、来い」大合唱への声で、すごく感動した、泣けてきた、心に染みたというか、思いにぐっときた、などの声、南三陸町の女性も、コンサートで頂いたパワーを大切にして、ちゃんと前に向けて進んでいきたいかなと思う、などとコメント。

締めに、スタジオでユーミンが白いドレス姿で、少女合唱団との「みんなの春よ、来い」を歌って、最後にコーラスでチャリティプロジェクトに参加してくれた皆さん、としてテロップで続々と名前、団体名などが流れ、

世界中から1万人を越える参加者、だったらしく、テロップ名は1万はなくても、千位はあったかと。1年前、私も試みてはみたけれど、持ってるデジカメなどメカの関係で参加出来なくて、やはり残念だった、と改めて。

それにしても仙台コンサート、やはり被災地だからといって、ここだけチケット代割安、という訳でもなかったと思うし、自粛ムードの中でもあって、概してある程度余裕ある観客層がやって来た、かもしれないけれど、

余裕なくても、とにかく駆けつけたユーミンファン、も結構いそうな気もして、多くのミュージシャンが公演中止にした中、この仙台を最後に持ってきたユーミンの、”現代の巫女”としてのある種の自負、気概、のようなものがじんわり伝わってきた、という感じ。


3/31追記:そして、震災から1年の節目、自分の音楽ルーツに触れたい、と、中高時代を過ごした立教女学院訪問の様子。

この学校って、何処だったのか?と思って、今にして、だけれど、中学受験案内で見てみたら、杉並で、久我山だったのだったと。今の合格基準は偏差値55~60辺り、それなりに難関校、という所。

この学校と言えば、最近名を聞いたのは、一昨年ミュージックポートレイトで、今井美樹が「手のひらの東京タワー」を挙げた時、対談相手の作家村山由佳が、ここ出身で、ユーミンの後輩だ、と言ってた覚え。

入り口で3人連れ中学生に気さくに声をかけたら、「松任谷さん!?」と驚いて「紅白見ました」「めっちゃ騒いでた」「頑張って下さい」などとエール。

今時の中学生って、ユーミンを今一知らなかったり、名は知ってるけれど、という程度だったり、ということもあるようだけれど、さすがに母校だと、浸透度も違うだろうと。

緑の瑞々しい中庭で、この辺りで学園祭のステージがあって、友人2人と中3の時セルジオ・メンデスのボサノヴァをやって、ギターを弾いた、などと回顧。


そして聖マーガレット礼拝堂で、聖歌隊の少女達と一緒に、ユーミンの好きだった聖歌の「いざやともに」を合唱。
                               (C)(株)角川書店
a0116217_21153378.jpg何だか、この礼拝堂でのユーミンの表情が、いつになく柔らかい、というか少女っぽい印象。

この番組の後で久方に「ルージュの伝言」を開いたら、この学校はプロテスタント、やはり中学生時代聖歌隊に入ってて、土曜以外は毎日礼拝があるし、教会音楽には影響を受けたと思う、などとあって、

読んだ当時、キリスト教自体については、処世術だと思う、と書いてあったのが印象的だったのだけれど。

今回も、パイプオルガンを聞いた時の衝撃で、音楽でか何か判らないけれど、何かしたいと思った、そうで、独学で作曲を始めたのだった、と。

先日「SONGS」ジュリーの時、You tubeで初めて聞いた、15才での作曲家デビュー作、加橋かつみへの「愛は突然に」も、やはり教会音楽テイストありありで、



そういうルーツ現場、ユーミンテイスト背景として、淡いオレンジの照明、パイプオルガン、クリーム色の壁、神聖なロマンティックムードのここは、何だか納得の場所、という感じ。


高校の時、プロコルハルム「青い影」からの衝撃もあって、ロック+教会音楽、キーボードでのロックが出来るかも、という境地になってて、「翳りゆく部屋」の原型も、この頃作曲してた、というのも改めて、

私は「青い影」を知ったのは、やはりユーミン絡みだったような覚え。でも「翳りゆく部屋」は、当時シングルは買ったけれど、荒井由実曲としては正直そう強い思い入れ、という訳じゃなかったけれど、

今回、このマーガレット礼拝堂での弾き語りを聞いて、今にして、何と言うか、楚々とした品格ある名曲、と改めて。


そして、校内でどうしてももう一箇所行ってみたい場所、として、画談室という、ピアノが置いてある細長い部屋へ。クリーム色の壁に大きな窓、窓枠は緑で、外は中庭なのか、一本木が見えてて、窓からの陽射しは明るいけれどこじんまりした場所。

自由に使えたので、高校の頃は特に、しょっちゅうここにいた、そうで、「ひこうき雲」の何曲かは、すでにここである程度形にしてた、と、私のマイベスト曲「雨の街を」の一部を弾き語り。



雰囲気はまさにここにぴったり、と思ってもらえるかもしれない、ここだから出来たような、という、イギリスの何処かで、グルーミーで茫洋としてて、切ない、という曲が初期には何曲もありますね、などと語って「ベルベット・イースター」は通しで。

            

この頃の、まさに初期のユーミン独特の”感性の震え”曲のルーツはここだったのだった、と、ピンポイントルーツ場所映像、そこでの歌声もちょっと感慨。

ユーミン”聖地”、というとドルフィン、八王子の実家荒井呉服店、二子玉川、中央高速、三浦半島など巡ってはきたけれど、

この礼拝堂、そしてこの部屋、と、そもそも校内に部外者の立入りは出来るのか?判らないけれど、まだ正隆氏に出会う前、また正隆氏を魅了した少女荒井由実の音楽性ルーツ聖地が、結構近くにあったのだった、と今にして。


そして、貫地谷しほりと帝劇前で待ち合わせ。10月にここで予定の舞台「夏休みの最後の日」で共演するようで、一緒に劇場内に入って、抱負を語ったり。

これは、正隆氏の演出・脚本+10~20曲のユーミン曲のコラボ、のようで、そう言えば折に正隆氏のツイッターに、このことだったのか、舞台の脚本、と見かけたけれど、今にして、ユーミンが初めて女優として舞台に登場、という企画のようで。

これは多分コンサートよりチケット代も高そうだけど、興味引かれるイベント。ユーミンの演技、というのはビデオ「コンパートメント」での短いストーリーで、しか覚えなく、女優業、というのにはあえて手を出さない、と思ってたけれど、

今年初のディナーショー、という話題も見かけたり、まだまだ新たな事にチャレンジする姿勢、貫地谷しほりは先日「僕達急行 A列車で行こう」で見かけたばかりだったけれど、そういう若いパワーとも刺激しあって、というのも相変わらず元気だなあ、という感じ。


最後に、先日リリースの「恋をリリース」をスタジオで。これは今年に入ってからの昼ドラ「鈴子の恋」テーマ曲、一応ずっと追って見てて、毎回一部劇中流れてて、軽快なメロディは馴染みだったけれど、通しで聞いたのは初めて。

「鈴子の恋」はまた別枠で、と思うけれど、ミヤコ喋々の伝記で、恋愛、結婚生活も色々波乱あって、このポップなユーミン曲とのコラボが、ややシニカルにもハートウォーミング風にも色付けして味わい、という感じだったけれど、

繰り返し聞いてた冒頭「彼女と腕組みやってきて 急に隠れないで」で始まるこの曲、今回歌詞を通しで知って、やはり失恋、でも相手を明るく励ます懐深さ、自分も前向きに、という、こういう内容だったんだ、と。

コーラスの2人と揃いの赤いミニドレス、ショートボブのヘアで歌う姿も、何と言うか、頑張ってるなあ、としみじみ。


そういう所で、3.11から1年経っての「春よ、来い」の感慨も改めて、で、心洗われたり、ユーミンのピンポイントルーツや、リアルタイム、今後の活動とか色々、

デビュー40周年、御年58才にしていまだ”攻め”の姿勢に励まされたり、私にとって結構中身濃いスペシャルでした。

関連サイト:SONGS 松任谷由実~2012春スペシャル~演劇ニュース 「夏休みの最後の日」
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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-30 22:30 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
「マリリン 7日間の恋」記事で触れてたように、先月日本語版が新潮文庫で出てた、コリン・クラークの原作本の1冊を、先日読み終わりました。

翻訳は務台(むだい)夏子さんで、巻末に昨年のものらしい、サイモン・カーティス監督の序文と、脚本担当だったエイドリアン・ホッジスへのインタビュー付き。

作品+原作セット鑑賞は、思えば「借りぐらしのアリエッティ」以来。文章自体は読みやすく、内容も劇中内容に沿っての進行で、まああえて知らない方が良かった、という部分もありましたけれど、プラスα、として色々面白かった所も、という後味。


まず読んでみて良かった、と思えた一番の部分は、書かれてる限りでは、2人の間にはセクシャルな関係はなさそうだった、少なくとも、2人は淡い関係だったという趣旨で書かれてた、という事。

水辺でのキスシーンは本でも劇中の通り、だったけれど、マリリンの様子が不穏で騒ぎになった夜、窓から部屋へ忍び込んだコリン、そのヤマ場、というか、2人がベッドにいるシーンで、劇中では暗転、次のシーンでは翌朝になっていて成り行きがやや?曖昧、

私は正直、この2人の間に、その夜含め、全く何事もなかった、という事が有得るだろうか?と思ってたのだけれど、本の内容では、彼女が提案した”スプーン”、横たわったコリンの背中にマリリンの身体がぴたりと重なり、スプーンみたいでしょ!と彼女が言うような体制で、一夜を過ごした、と。

その他にもそれらしき記述はなく、むしろ劇中でよりも、2人の間で、演劇論、マリリンの女優としての方向性、また夫アーサー・ミラーとの関係に至るまで、公私に渡って、真剣な話し合い、コリンのアドバイス、のような部分が多く、

確かに1女性、大スター、としてマリリンに惹かれてはいるのだけれど、短い期間ではあっても、プラトニックで打算のないメンタル的相談相手としてのコリンという人物、としてのイメージが強い感じ。


a0116217_0131749.jpg思えば、彼の役割はオリヴィエの助手として「王子と踊り子」撮影を円滑に進めることで、そういう役割にマリリン(への情)が絡んできた、という所で、

新人という立場、周囲の監視、注目度的にも、いくら魅惑的、奔放な相手だからと言って、人妻でもあるスーパースターの彼女と一線を越える、という余裕というか、そういうモードではなかった、というのもある種当然かも、とも。

また、もし実際全く淡い関係だけでなく、彼があえてそういう件には蓋をしてこの本を書いたのだった、としても、それはそれで、ある種の節操、筋を通す、という感じがして好感。

2人が息抜きに出かけた時、劇中ではなかったと思うけれど、軽食堂でサンドイッチにかぶりつき、マグカップからコーヒーを飲んでる彼女が、まるで女学生みたいに見えて、彼女に同情を覚えた、というような所があって、ちょっと印象的、

もしかして彼女が”マリリン・モンロー”になってなかったら、美人で繊細なノーマ・ジーンという市井の一女性として、こういうタイプの男性と、平穏な幸せ、という人生も有得たのかも、と改めて思えるような。

このコリンという人が、彼女の没後40年近く経ってから、また自分の他界する2年前にしたためたこの本が、スーパースター、でなく一女性として彼女と時を共有した、というスタンスで、男気、というか、”暴露本”というニュアンスでなく、大スターとの回顧本、としてある種の”品”があった、とも。


一方、読んで知らなくてもよかった、と思えたのは、7日間の終焉部分。劇中では、マリリンのアーサーの子懐妊判明、が2人の夢の様な一時の終り、という覚えだったのだけれど、本ではそれが実は流産だった、と。

私の見落とし、聞き落としかもしれないけれど、そういうニュアンスは劇中覚えなく、彼女の懐妊がある意味自然な終焉の一幕、と思ってて、そういう部分は原作をソフトに脚色してたのかもしれないけれど、やや感触が変わって、

一旦同行しながら、新婚の彼女を不安定なまま残して去ったアーサー・ミラーも問題かもしれないけれど、妊娠を意識してながらああいう風に、冷たい水場で若者と戯れたりして、

そういう無防備さも一因で、女性としての悲劇を生んだのだったら、自業自得的、ややシニカルで、一時の心の慰みのあげくそういう結果になってしまったというのも悲哀、だけれど、ちょっとこの恋物語に汚点、というかケチがついてしまった、という気がして、

そういうのは、あえて知らない方が良かった、と、そういう面ではこの原作を読んだことを少し後悔。まあコリンは、そういう事実を踏まえてあえて2人の間の精神、純愛面を強調した、という訳でもないと思うのだけれど。


そういう面もありましたけれど、劇中よりも結構エキセントリック、マリリンを巡って関係者達が右往左往する「王子と踊り子」現場の様子なども含めて、プラスαとして、なかなか興味深い一冊、という所でした。

関連サイト:Amazon「マリリン・モンロー 7日間の恋」「マリリン 7日間の恋」公式サイト
関連記事:マリリン 7日間の恋(’11)

               (C)(株)新潮社
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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-27 23:05 | 本・洋画 | Trackback | Comments(0)

春期講習

今日から、今回の春期講習スタートしました。今の所予定は、平常にプラス分は、中1男子が英・数で120分×2回、小6女子が算数で90分×3回、算数復習中の中1男子が算数30分×5回、英語30分×1回で平常授業に続けて。

特に次年度受験学年になる生徒もおらず、余り講習受講は期待してなかったですけれど、それなりに申込みあったのは幸い、という所。


小6女子は、春期では算数復習だけれど、これまで平常授業が算・国だったのが、4月から英・数にシフト、時間も今まで国60分、算90分だったのがどちらも90分にして欲しい、とお母さんから申し出。

先日通常小6→中1で、科目はそういう風に変わるケースが多いんですけれど、とは話して、特に時間のことは増加をお勧めした訳ではなかったけれど、この所中1英・数は60分申込みがほとんど、やはり90分の方が授業自体も余裕もあるし、コマ数的にも有難い、という所。

本人も、相変わらず算数計算は面倒がるけれど、普段から時間余った時に、中1英語教科書などで食べ物の買い物練習とかはしてて、90分にするんだって?と言ったら、英語だったらどんだけ長くてもいい、と今の所は英語好きそうで、いい傾向かと。

時間帯は今来てる5時~から、1学期始まってからは一応7時~に変更。昨年春は、新学年始まってからも地震余波の変動もあったけれど、今年は今の所、今いる生徒は変動なさそうで一安心。


算数強化中の中1男子は相変わらず、英語も10月から中1最初から教科書を追い始めて、今3分の1を超えた所。算数は今年から4年計算分野、小1文章題練習に入ったけれど、

1月に学校での図形プリント問題を、普段宿題を見てくれているお祖母さんの依頼で、別枠で少しやったら、コンパス、分度器の使い方自体、かなり不慣れなのが判明。

それ以来テキスト、かけ算強化プリントに加えて、線を引いたり円を描いたり角度を測ったりの図形プリントも追加。小4分野でも、今2桁÷1桁の割り算がつまづき、やはりこれも強化が入りそうで。

小学校代わりにサポート教室通いだった根源の、多動性症候の気(け)がある、素行自体も、まあ他愛ないけれど、色々目に付く物を移動させたりじっとしてなかったり、目に余る事はお家に伝えるようにはしてるけれど、落ち着きないのは相変わらず。

言葉遣いが悪いのも決していい気はしないけれど、先日もお母さんが、学級でやや暴力が流行ってて、と話してて、彼は元々標的にされやすいので、突っ張ってるのがそのまま、家とか塾でも出てしまうんだろう、とは思って、

軽く言い返しはするけれど、余り気にしないようにはしてて、愛嬌もある子だけれど、つくづくやはりこの生徒は、大勢の塾では無理で、マンツーマンでだからこそ、という心境。

帰りもいつも、一応授業終わってから、片付け自体も遅いし何だかんだと、近頃特に、次の生徒がすぐいない時は30、40分位~いて、お夕飯(お昼)が家で待ってるんじゃないの?と促しはするけれど、こういうケースも思えば初めて。

今回春期講習で各平常に+30分追加申込みあったので、その時間内は勉強するようにします、とお母さんと苦笑しながら、という所。


別の中1男子は、やはり成績が落ちた訳ではないけれど伸び悩み。この生徒は、秋口から宿題をやってきてる量が不安定だったのもあって、親御さんと相談して前回から、さしたる理由なく宿題をやって来なかったら、基本的に残ってやって帰ってもらう、という事に。

前は、結構どの生徒もそういう風にしてた時もあったけれど、近頃は何だか、学校の宿題やらクラブで疲れてるやら遅いとお家で治安の心配やら、とかでしなくなってて、持ち越し宿題にしてたのが通常。

早速前回、月1回の英語のプリント宿題に全く手をつけておらず、8時に授業終了後居残り。まあお母さんから次の日学校もあるし、と、今後も最長9時半頃まで、にはなったけれど、久方に復活。

その生徒にしたら、どうもお父さんの意向で難関校のみ受験だった中学受験時代の反動で、どうせまた中3になったらああいう風に勉強しなきゃいけないし、今の内に遊んでおかないと、という腹があるようで、

普段もゲーム三昧、よく怒られてるようで、お母さんから塾でも注意して下さい、とのことで、私も、急に1日4,5時間勉強を、っていう訳じゃないけど、近くの都立高に行きたいと思ったら、やっぱり実質今の感じじゃ厳しいし、特に都立だと結構内申点も関係してくるし、急に成績って上がらないし、

勉強関係の失くし物に気をつけるとか、学校や塾の宿題は出来るだけちゃんとやるようにとか、時間にはちゃんと来るとか、とにかく出来る事からやっていけば、のような事は言ってるけれど、という感じ。

講習の件でお母さんから電話あった時、今回の成績で、得意の社会が上がらなかったり美術が落ちてしまった、とかで、本人はちょっと心を入れ替えて頑張る、と言ってるので、というようなお話。


そういう所で、それぞれ、まあ前向きにやっていければ、という所です。

関連サイト:個人学習会 高円寺教室
関連記事:学年末考査対策終了

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         <ホワイトデー小6女子からの手作りチョコクッキー>

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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-24 23:11 | 仕事 | Trackback | Comments(0)
この所試写会記事続きでやや遅くなりましたが、3.11大震災から丁度1年、やはり近年での一般、個人的にも大きな出来事だったので、この折に振り返っておこうと思います。

まずやはり直接の揺れ自体の体感、住居の散乱状態がこれまで私が体験した一番激しかった地震。東北に比べて東京は被災地、という程のものではなかったけれど、

色んな物がどんどん振ってきて床を覆って積もっていって、机の下にうずくまったまま、このままこの揺れが悪化、続いたら、ここで1人埋もれて死んでしまうんだろうか、という何とも不気味さ。

今思えばああいう感覚は、小学生の頃、夏に故郷の海で、1人浮き輪を着けたまま岸から離れてた時、波のうねりが激しくなって、波に巻き込まれながらどんどん沖に引かれていって、このままどうなるんだろう、という心細かった怖さ、以来。

あの時は、気付いた男性2人が泳いで助けにきてくれてことなきを得て、あの地震も幸い身の危険には及ばず収まったけれど、悪化してたら、はたして救助はあったんだろうか、とか。

でも、発生時母は商店街を歩いてて、周りの人達5,6人ととっさに一団になって肩を組み合って、「大丈夫だ!」と声を掛け合ってた、というような、実際身近なとっさの見知らぬ人同士の助け合いエピソード、というのも改めて印象的。


当時のブログ記事をざっと見直すと、昨年地震後3,4月のこの頃は、連日のように余震で落ち着かず、牛乳、米、パンなどの店頭不足、また浄水場から基準値を超える放射性ヨウ素検出、とかで、ペットボトル水も品薄だった、と改めて。

私の地区では直接はなかったけれど、輪番停電や、TVやネットでも放射能汚染トピックが連日。いまだに家では折に、当時のように、手元の1ℓペットボトル5本に水道水を溜めておいたりしてるけれど、春以降は特に品不足もなく、水道水警告も聞かず。

放射能問題も終息、という訳ではないはずだけれど、徐々にそういう話題の波も引いてきて、余震は折にあるけれど、まあ日常に戻ってきたのは良かったかと。

結局個人的な主な破損自体は、教室の蛍光灯落下、2ヶ所壁(紙)のヒビ、だったけれど、仕事関係でも家庭での自粛モードで付随的な影響もあったり、まあそれなりの備えもあってそう切羽詰った大打撃、という訳ではないけれど、

心境的には、あの3.11で、ある種個人的バブル期は終わった、価値観見直しショック、というか、ここへ来ての1つの分岐点だった、という気持は変わらず。


良かったことと言えば、お陰で、というのか、長々ケジメをつけられないでいた英検にも本腰になれて、やっとパス出来たし、母だけだけれど家族、また今手元にあるものは、大事にしないと、などとと改めて思ったり、

また当時はユーミンの「春よ、来い」、一青窈「ハナミズキ」などの曲が、通常の時とは違うしみじみな聞こえ方したり、春以降は英検絡みもあったけれど、今一エンタメも味わう余裕なかった、という感じ、

余震の余波で、ビル上階での映画鑑賞、またそういう場所へ行く事自体も全く気が向かなかったけれど、近頃になってそういうのもまあ大丈夫になってきた、という所。ただ食指動かないエンタメには時間、費用、労力をかけたくない、という気持も前より強く、私なりに選んでいきたいとは思う。

東北での実態、福島原発問題とか、折にまだここらでもやや強め余震もあるし、色んな意味でまだ終わってはない、という所も現実で、”あの日”(の衝撃)にただ捕われてても仕方ないけれど、ある意味忘れないように、前向きに出来る事を一歩一歩、と改めて、という所です。

関連サイト:東日本大震災から1年 危機管理トピック rescuenow.net
関連記事:東日本大地震<1>東日本大地震<2>



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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-22 22:00 | 日常 | Trackback | Comments(0)
一昨日、先日の「マリリン 7日間の恋」の時と同じ有楽町のよみうりホールで「ヘルプ~心がつなぐストーリー」試写会、案内状が直前到着、という慌しさでしたけれど、これも都合合ったので見てきました。客席はやはり満杯気味。

このタイトルの「ヘルプ」は、白人家庭で働く黒人メイド達、の意味だったのでしたけれど、'60年代、アメリカ南部の町を舞台に、ジャーナリスト志望の白人女性スキーター(エマ・ストーン)と、

理不尽な扱いを受けてきた黒人女性達が勇気を奮い起こして、彼女達の生の声を伝える本を出版、町に変革を起こすヒューマンドラマ。

a0116217_2113255.jpgテーマ自体はシリアスだけれど、折々コメディタッチなテイストもあってそう重くなく、上映時間は2時間26分、でも結構引き入れられて、長さを感じず、これもなかなかの見応え。

実話に基づく話で、原作はキャスリン・ストケットの同名小説、この人は舞台になったミシシッピ州ジャクソン出身、劇中でのスキーターに当たるようで、監督をしたテイト・テイラーも同郷の友人、だそうで、

一時出版も危ぶまれた本がミリオンセラーになって、映画もクチコミで広がってヒット、色々受賞したり、ノミネートされてた作品だった、と会場で配られたチラシで知った次第。


やはり同時代の公民権運動、黒人女性絡み、というと反射的に、ウーピー・ゴールドバーグの「ロング・ウォーク・ホーム」が浮かんで、あの作品では、ウーピー演じる女性が、ある時、平然とまかり通ってきた理不尽な”常識”にふとキレて、バスで堂々と白人席に居座ったのが発端だったけれど、

この作品では、黒人メイドミニー(オクタヴィア・スペンサー)が、外の天気が荒れ模様の時、やはりふとキレて、自分用に野外に作られたトイレでなく、その家のトイレで用を足した、という行為が誘発剤に。

そもそも当時、バスの席とかだけでなく、野外の黒人用別トイレ、というのがまかり通ってた、というのも今回知ったけれど、

ミニーの家の女主人ヒリー(プライス・ダラス・ハワード)は、普段はアフリカへの募金集めの慈善活動にも携わる婦人会リーダー、でも一方で、トイレを使ったミニーに激怒して即解雇、大真面目に、地域の邸宅に黒人使用人用トイレ設置を広めようとしてたり、

アフリカの貧しい黒人の援助活動をしつつ、日常レベルでは、生理的に黒人を見下げ人格を傷つける、自分の矛盾に気付かない、または顧みない、裕福なこの白人女性が、単純に悪役、というより、

何だかその頃のアメリカ社会、というだけでなくいまだに身近でもありそうな”偏狭な傲慢さ”の化身、のような感じで、いつも華やかなドレスに身を包んでいるけれど、どうも最後まで、この人が画面に現れると、妙な不快感。


でも、なかなかそのミニーも負けておらず、自分の得意技の料理、チョコレートパイで、強烈な逆襲。この辺りも実話なのか、その”物”自体は見えずとも、思えば「69 sixty-nine」以来の衝撃、この作品のなかなかのスパイスの1つ。

このオクタヴィア・スペンサーは、この作品出演者では、アカデミーノミネートだけでなく唯一、助演女優賞受賞だったようですけれど、そのパイ事件といい、

新たな白人女主人、ヒリー群団とはやや異質のセクシーなシーリア(ジェシカ・チェステイン)とのラフで慈悲深い交流、この夫妻とミニーとのような、信頼感と温かみある雇用関係も、実際あったのだろう、とも思わせる、結構インパクト残る深い人間味+威風堂々さ。

           


3/19追記:もう1人のメインの黒人メイド、エイビリーン役を演じたヴィオラ・デイヴィスの方が、アカデミーでも主演女優賞ノミネート、だったのでしたけれど、こちらも様々な感情を抑えた存在感。

以前息子を事故で、それも白人の雇い主の事故時の心ない対処もあって亡くし、心を閉ざしている面、黒人待遇への波紋を恐れている面もあったけれど、

仲間のミニーのされた仕打ちに、スキーターの黒人メイドインタビューに協力、の一歩を踏み出したのも、やはり彼女なりに、心の中の長年の辛抱がふとキレて、勇気に繋がった、という感じで、

終盤、自分をエリザベスの家から追い出す工作をしたヒリーへの、脅せば誰でも言うことを聞くと思ってるんですか、疲れませんか!?という啖呵も静かな貫禄。


劇中、印象的だった様相の1つは、ミニーとシーリア夫妻の関係もあるけれど、このエイビリーンと、女主人エリザベス(アーナ・オライリー)の幼い娘メイ(エマ・ヘンリー)や、

スキーターと少女時代家にいたコンスタンティン(シシリー・タイソン)との間の、黒人メイドの白人の子供に対する無償の愛情、子供から彼女らへの無邪気、無意識の信頼。

エイビリーンが、社交にいそしみ母としての役割を怠るエリザベスの代わりにメイの世話をし、おしめの取替えからトイレのしつけ、また、自分の大切さ、とか情緒的なことを教える様子、コンスタンティンが思春期のスキーターの微妙な内面の悩みを察して励ます様子、など。

それが彼女らの仕事の一環、といえばそれまでだけど、彼女らの人間味から溢れるそういう愛情を、子供も相手の肌の色への偏見なしに受け入れ、そういう人種や立場を超えた触れ合いが、実際こういう家庭に有得たのだろう、というほのぼの感。

ミニーがやや冷笑的に、子供のうちは白人も可愛いけれど、大人になったら親と同じ、と言うように、大人になって周囲の空気によって、黒人への感覚が変わってしまう、ということもまた珍しくなかったのだろう、と偲ばれるけれど、

スキーターは、そういう幼少期に受けたコンスタンティンからの愛情の記憶をしっかり刻んで、忘れなかった白人の一人だろうと。


このスキーターのように大学のため家を出、卒業後町に戻ってきて地元新聞社に就職、というケースは、劇中の町の同年代女性達の中では珍しいようで、他の女性達は結婚して、特に仕事する訳でもなく社交にいそしみ慈善活動に参加したり、裕福な生活を送り、

当然のように黒人メイドを雇っていて、多かれ少なかれ彼女らへの偏見を持っていて、ヒリーのように、それを露に推進しさえする、というパターン。

彼女らは、やはり当然のようにスキーターにも、そういう姿勢、また安定した結婚生活のためのボーイフレンドゲット、を勧めるけれど、どうもそういう価値観には同調出来ず、ヒリーを敵に回してしまい、1人浮いてしまう状態。

家族は、父は登場せず、話にも出た覚えなく、片親だったのか、母(アリソン・ジャネイ)も彼女のキャリアよりは、結婚相手出現を望んでるようで、

出会った青年スチュワート(クリス・ローウェル)は彼女の姿勢に理解を見せたかと思われたけれど、結局波紋を恐れて付いて行けず彼女の元を去り、地域社会でのそういう孤独、苦悩というのは、そう突っ込んで描かれていた訳ではないけれど、結構辛い所、というのも何だか印象的。


a0116217_20412391.jpg並みの神経の若い女性だったら、あえて黒人メイド達と共にいばらの道を、というより、その白人仲間の空気に馴染んだ方が、女性としても生きやすいし、変節しても、という所だけれど、

ジャーナリスト志望者として彼女達の生の声を伝えたい、というのが、半端な情熱、覚悟じゃなかったので、町での黒人暗殺事件、時代自体の公民運動の波もあって、

多くの黒人メイド達の協力を集めて、白人地域社会でのそういう孤独の代償に、一冊の本という形になった、というのはやはり感動的。

当時色んな場所で、そういう日常レベルの心の軋みと戦いながらも、勇気を奮って地道に行動を起こした人々がいたからこそ、アメリカでの黒人観も変わっていった、という断片の1つを見るようでも。

そこら辺、エマ・ストーンも、意志の強さとしなやかさ、チャーミングさを兼ね備えたスキーター役にフィットしてた感じ。


その他脇役陣で印象的だったのは、ヒリーの母ミセス・ウォルターズ役のシシー・スペイクスで、私はビデオで見た「ストレイト・ストーリー」での、主人公の娘役以来。

ミセス・ウォルターズは、白人社会にいながら、例のミニーの件の際も、ヒリーに反して彼女に家のトイレ使用を促したり、ヒリーに老人施設に追いやられた、という流れもあってか、娘に同調はせず、黒人メイドにエールを送るスタンス。

そしてこのシシー・スペイクス出演作の中に「ロング・ウォーク・ホーム」もあって、彼女は主人公役ウーピーの雇われてた家の女主人役、やはりウーピーを援助するスタンスだったのだった、と改めて。今回の起用はたまたまなのか?だけれど、ちょっと縁も感じたり。


そういう所で、当時の若い1白人女性としてのスキーターの勇敢な姿勢+辛苦をなめながらも骨太に生きるエイビリーンやミニーら黒人メイド達のパワーが連結して、やはりお国柄、時代、環境も違うけれど、タイトル通り人の素の心、またそのつながりが見えた、ような"肌触り感”あった作品、

見る前のシリアスなイメージよりは、大らかなユーモラスさも散りばめられてて、心に風穴を開けてくれたような満足のヒューマンドラマ、という後味でした。

関連サイト:ヘルプ~心がつなぐストーリー 公式サイトAmazon 「ロング・ウォーク・ホーム」
象のロケット 「ヘルプ 心がつなぐストーリー」
関連記事:ワールド・トレード・センター(’06)スタンドアップ(’06)ストレイト・ストーリー(’99)英検対策等(’07/8/26)ポセイドン(’06)
<スレッドファイルリンク(ここでは「ワールド・トレード・センター」「ポセイドン」)は開かない場合あるようです。>


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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-18 22:25 | 洋画 | Trackback(20) | Comments(0)
先週8日、神保町の日本教育会館一ツ橋ホールで、今月24日公開の森田芳光監督の遺作「僕達急行 A列車で行こう」の試写会、「マリリン 7日間の恋」と連日になったのですが、これも都合合ったので母と見てきました。結構広いホールが満杯状態。

森田監督追悼としては先月、未見だった「家族ゲーム」をDVDで見たのでしたけれど、私はどうもテイスト合わず、後味悪かったので、このほのぼのそうな遺作の試写会に行く事が出来て、これで口直しになりそう、と、ちょっと嬉しいものが。

思えば母と映画も久方、昨年冬の「しあわせの雨傘」以来、あれは夫婦の浮気仕合の様相が、私も今一で、母にとってもミスマッチ、誘ったのも失敗だったのでしたけれど、今回のは大丈夫そうかと。

大手不動産会社で働く小町(松山ケンイチ)と、下町の鉄工所の息子小玉(瑛太)の、鉄道マニア同士として結ばれた友情を軸にした青春コメディ。


劇中20路線80モデル、とあって、冒頭からさすがに次々様々な電車が登場、登場人物の科白にもポンポン電車名が飛び出し、序盤、これは、このマニアックモードについていけるだろうか、と頭を過ぎったりしましたけれど、

見ていくと、鉄道テイストはあちこち散りばめられてるものの、ストーリー自体は、それぞれ仕事への奮闘、恋絡みエピソードも進行。さすがにこのマニアぶりにして当然か、2人共恋は苦手で、成り行きも苦め、その分、というか、

仕事については、九州での小町の会社の仕事相手の社長(ピエール瀧)もかなりの電車マニア、小玉の工場の仕事にも繋がったり、ネックの土地の所有者早登野(伊武雅刀)が、小玉の見合い相手あやめ(松平千里)の別れて住む父、とか都合良すぎ、な展開ちらほらでしたけど、

2人の間の空気は出会いからツーカーで、実際いたら最初はやや不気味かも、という「間宮兄弟」の時のような不思議なほんわり感。森田色、というか、独特な科白廻し、ゆるいユーモラスさ漂って、特に鉄道知識なくても、テンポいい青春ものとして楽しめた感じ。


a0116217_21291546.jpg3/15追記:小町は音楽を聞きながらの車窓からの眺めが好き、小玉は電車を作ってる各部品に興味、と、それぞれのこだわりはあったけど、主演2人の少年のような電車愛、それぞれマイペースなおっとり感、がこの作品の基調でずっと漂ってた感じ。

そんな2人に絡んでくる女性達、小玉にはあやめとの見合い、小町と知り合ったあずさ(貫地谷しほり)、同じ会社の秘書みどり(村川絵梨)など。

2人共不器用だけど、どちらかといえば小町の方が、女性は判らない、と距離を置いててクール、小玉の方が女性慣れなくピュアな印象。

松平千里は初見、貫地谷しほりは「スウィングガールズ」から、だったけれど、村川絵梨も初見、かと思ったら、後で「ロード88 出会い路、四国へ」でスケボーで旅してたヒロイン少女だったのだった、と判明。


その他女優陣では、小玉の会社の社長役松坂慶子、さばさばとした貫禄、店でダンスも見せる茶目っ気もある女社長だったけれど、最新見ていたのは「監督ばんざい!」で、でもこんなに恰幅良かっただろうか、とちょっと驚き。

それと、あやめの母役が伊東ゆかり。映画でのこの人、というのは初で、他の出演作の情報も見かけないけれど、小玉の父、やもめの鉄工所社長(笹野高史)への、「小指の思い出」パフォーマンス付き熟年告白、など妙にシュールなシーン。

この人といえば、マイベスト曲が「陽はまた昇る」、家にシングル盤もあった、とちょっと懐かしさ。


その笹野高史は、最近改めて、色んな作品に顔を出してて、出番は短くてもそれぞれいい味出してる、と思ったけれど、思えば劇中告白される彼、というのは覚えなく。仕事への一徹さはあるけれど夜の店通い癖、そしてそういう伊東ゆかりとのミソもあったり、いつになく弾けてた、という感じ。

それと、サッカーフリーク早登野役伊武雅刀の日課のジョギング中の、ふと立ち止まってのキックパフォーマンス、とか、何気なくゆるい笑い、の演出。


そして準主役というか、色々な電車の中で、一番インパクトだったのは、九州の1両編成の小さな黄色い電車。小さな無人駅での小町とあずさのシーンに絡んできたのでしたが、その豊かな緑の中をコトコト走る様子が、何とも健気というか、ノスタルジック。

これは、よく見たらチラシでも2人のバックに映ってて、ちょっと検索したら筑肥線を走るキハ125形、という電車だったと判明。
           
             

この作品は森田監督の長年の構想だったそうで、製作過程でのこういう”絵になる”ローカル電車の発見、小さな駅のロケ地選び、など1つ1つの積み重ねが偲ばれるようでも。

「RAILWAYS・・」2作は運転手、電車を動かす側の電車への愛着、というコンセプトだったけれど、こういう電車好きテイスト、東京~博多間を、飛行機でなくあえて新幹線で移動する小町。

何だか今の色んな意味でのスピード化、に逆行するような、で、私自身にはそういう乗り物凝り性はなく、かつて車マニア、の男性の気持も正直判りかねたけれど、何だかこういうマイペースなゆったりさ、というのは好感。

まあマニア的に好きになれるものがある、ということは、2人の恋愛など、ある面でネックになるかもしれないけれど、この作品では、肯定的に明るく扱ってて、後味良かった。


母も、電車での友情中心に仕事や恋とか上手く取り入れて、色々電車や車窓もあって、割と面白かった、というような感想。出演者で知ってたのは、平清盛役関連で、松山ケンイチ位、と言ってて、松坂慶子や伊東ゆかりも知ってるはずでは、と思って聞いたら、

松坂慶子はあの恰幅でどうも結びつかなかったようで、そう言えば顔はそうだった、とか、伊東ゆかりも、「小指の思い出」のポーズしてたじゃない、と言ったら、ああ、その本人だったのか、という感じでしたが、まあ満足だったようで。


RIP SLYMEというグループのラップ調のポップなテーマ曲は、序盤聞いた時はやや浮いてる感じしたけれど、ラストで流れた時には、不思議とこの作品のテンポにフィット感。

そういう所で、九州での社内のラジオ体操シーンの時とかに、ふと、この森田監督ってもう亡くなったんだ、と改めて頭に浮かんだりしたのでしたけれど、

「家族ゲーム」記事で触れてたように、これまで森田作品で見ていたのは「メイン・テーマ」「キッチン」「愛と平成の色男」「(ハル)」「失楽園」「阿修羅のごとく」「海猫」「間宮兄弟」、マイベスト3は「キッチン」「(ハル)」「メイン・テーマ」でしたが、この「僕達・・」は、その次点にランクイン、という所。

電車テイスト散りばめられた中での友情、随所でのゆるいユーモアの妙、マイペースな2人の、ちょっとほろ苦さもありながらの明るい青春もの、として味わえたラスト森田作品、という後味でした。

関連サイト:「僕達急行 A列車で行こう」 公式サイト象のロケット 「僕達急行 A列車で行こう」ペパーミントの魔術師 「僕達急行 A列車で行こう」
関連記事:キッチン(’89)kitchen キッチン(’97)間宮兄弟(’06)家族ゲーム(’83)-追悼・森田芳光監督NANA(’05)男たちの大和 YAMATO('05)ユメ十夜(’07)(「市川崑物語」スレッドの10)、蒼き狼 地果て海尽きるまで(’07)神童((’07)ドルフィンブルーフジ、もういちど宙へ((’07)サマータイムマシーン・ブルース(’05)空中庭園(’05)好きだ、((’05)どろろ(’07)寝ずの番(’06)地下鉄(メトロ)に乗って(’06)武士の一分(’06)犬と私の10の約束(’08)ハッピーフライト(’08)歓喜の歌(’08)KARAOKEー人生紙一重ー(’05)愛の流刑地(’07)四日間の奇跡(’05)犬神家の一族(’06)(「市川崑物語」スレッドの9)、監督ばんざい!(’07)ロード88 出会い路、四国へ(’07)Little DJ 小さな恋の物語(’07)亀は意外と速く泳ぐ(’05)バブルへGO!! タイムマシンはドラム式(’07)ゆれる(’06)ALWAYS 三丁目の夕日(’05)日本沈没(’06)虹の女神(’06)
<スレッドファイルリンク(ここでは「NANA」「男たちの大和 YAMATO」「ユメ十夜」「蒼き狼 地果て海尽きるまで」「どろろ」「犬と私の10の約束」「KARAOKEー人生紙一重ー」「四日間の奇蹟」「犬神家の一族」「Little DJ 小さな恋の物語」「亀は意外と速く泳ぐ」「ALWAYS 三丁目の夕日」「日本沈没」「虹の女神」)は開かない場合あるようです。>


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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-14 23:56 | 邦画 | Trackback(16) | Comments(0)
先週7日(水)に、有楽町よみうりホールで今月24日公開の「マリリン 7日間の恋」試写会、都合も合ったので、「いい加減な・・・」ブログのいい加減人(Yamato)さんとご一緒して見てきました。試写会は久方、一昨年夏頃の「借りぐらしのアリエッティ」以来。

ローレンス・オリヴィエが監督兼主演、マリリン・モンローと共演した「王子と踊り子」の第3助監督だったコリン・クラークの、当時の回顧録が原作、彼女とコリンの、秘められてたラブストーリー。

マリリンについては、私は確かに見た覚えある出演作は、メジャーになる前の「イヴの総て」位。あと大分前に何か見たかもしれないけれどどうも曖昧で、やはり浮かぶのはスカートを押さえる有名なポーズや、アンディ・ウォーホルの絵、南佳孝も歌にしたモンローウォーク、とか。

彼女題材、という興味で、正直、余りじんわり染みる恋物語、という期待はなかったですけれど、見終わってみると、ダイナミックなロマン大作、という感じはなくとも、意外としっとりした小品、珠玉作、という後味。


当時大人気のマリリン(ミシェル・ウイリアムズ)が、英国の演劇界の大御所、ローレンス(ケネス・ブラナー)軍団に迎えられての共演。(「王子と踊り子」('57)(↓))



新婚の夫アーサー・ミラー(ダグレイ・スコット)とやって来たマリリンは、華やかな存在感を振りまいていたものの、いざ撮影が始まると、彼の期待とは裏腹に、どうも演技方法の感覚が合わず。

この作品は今回知って、伝統的な舞台俳優ローレンスと天性の演技のマリリンって、普通に考えてもミスマッチ感しますけれど、彼は彼女の魅力で自分の演技への刺激、若返りを期待してたようだけど、根本的にギャップがありすぎ、の様相。

そういうストレス、また、世界中の男性の注目浴びた大スター、女性としては自信の権化、でもいいような彼女が、作家の夫の、結婚を後悔している、という内容の原稿を目にして、激しい動揺を露に見せる、女性としての意外な繊細さ。

撮影にも遅れがち、メンタル的に不安的になっていく様は、大スターの裏側の、意外な脆さ、危うさ、という序盤。

そして、スタッフの1人、映画界に入り込んだばかりの青年コリン(エディ・レッドメイン)は、すれてない、色眼鏡でなく、彼女を、魅力的だけれど繊細さもある一女性、として捕える感覚を持っていて、そういう2人の心の接近、というのは、割と自然に描かれていた感じ。


正直、鑑賞前は、物語的にはまあ所詮は不倫話、とは思ったけれど、この序盤の流れもあって、2人の”駆け引きない恋物語”モードに入っていけたかと。

途中、ふとかつての松田聖子とジェフ・ニコラスの恋愛沙汰、が浮かんだりして、あれはもっと長期間だったけれど、やはり大スターとの恋、まして既婚者との、というのは、いくらある期間の間、ピュアに相手が一女性、として思い合ったとしても、やはり現実的にはかなり難題。

でもこれは、同行したアーサー・ミラーが、自分の執筆活動を優先、不安定な彼女を残して帰国してしまったり、今一新婚の夫、としての不誠実さ、という背景も垣間見えたり、特に立場を利用しての、マリリンからの逆セクハラ、という風でもなく、自然な接近、

2人が出掛ける伸びやかな緑の郊外、瀟洒なウィンザー城、自然の中の湖、など風景映像もロマンティックで美しく、たった7日間、という儚さもあって、そうあざとさ、嫌らしさなく味わえた感じ。


a0116217_15363978.jpg歌声は、本家の方が低くて甘い、気もするけれど、ミシェル・ウイリアムズはセクシーにステージでモンロー曲もこなし、本家の容貌や天性の色気はとまではいかずとも、熱演だったのでは。

折にローレンスを驚嘆させるナチュラルな演技、コリンに見せる、天真爛漫で繊細な女性らしさ、またある種、見事なこの恋の締(し)め方。

「皆スターとしての私に近付いてきて、それが虚像だと知ったら離れていってしまう・・」のような趣旨の科白がちょっと印象的、そういう素顔の人としての寂しさとか、

本人の実態はベールの向こう、だけれど”マリリン・モンロー”の、華やかさやエキセントリックさ、またふと内面を垣間見せたり、多面的な体現のしなやかさ。

見ていた出演作の中で「ブロークバック・マウンテン」での彼女、というのは、故ヒース・レジャーと彼女との出会いでもあったのだったけれど、にわかに思い出せず、感想記事を見直したら、彼の妻役で、ヒースとジェイク・ジレンホールの間を知っての静かな苦悩の表現が、割と印象的だったのだった、と。


それとコリン役のエディ・レッドメインも、良家の育ち、映画への情熱あって、ソバカスの風貌印象からして、そう世間・業界ずれしてない、ピュアなものの見方をする青年、マリリンの内面を感じ取り、駆け引きなく接近していく役にフィットしてた感じ。

第3助監督、と言っても、実際雑用係のような、だったけれど、このコリン・クラーク本人は、その後オリヴィエと共にロイヤル・シェイクスピア・シアターの世界ツアーにも参加したり、テレビ界に入り多くのドキュメンタリー映画の製作及び監督を手がけてて、躍進してたようだけれど、
(C)(株)新潮社
a0116217_16443014.jpg今にして彼女との秘話を公に?と思ったら、本人はすでに’02年に他界。原作の2冊「Prince、the Showgirl and Me」は’95年、「My Week with Marilyn」は死の2年前に書いていて、少なくとも売名行為、的なニュアンスは少なそうで。

「My Week・・」はこの公開を機にか、先月日本語版が新潮文庫で出ていて、サイトで図書館在庫を見かけたので入手、読んでみることに。

今年マリリン没後50年でもあって、着目されて映画化、という流れだったようで、手掛けたのはサイモン・カーティス監督、他の監督作は見かけませんが、イギリスのTV畑の人のようで。


自身ローレンス・オリヴィエの再来、と言われてるケネス・ブラナーもハマり役、折にマリリンの演技に魅力を感じてる節もありつつ、受け入れ難く、時間のルーズさに不快を露にしたり、対照的な自分の演技の弱点をコリンに密かに嘆いたり、人間的な部分も垣間見せるオリヴィエ像、だったかと。

その他脇役陣で印象的だったのは、「王子と踊り子」出演者のベテラン女優、シビル・ソーンダイク役のジュディ・リンチ。私は「ラヴェンダーの咲く庭で」で以来、渋い物腰で健在ぶり。

劇中、聞き馴染みのマリリン曲はなかったですが、マリリンとコリンが車で出かけるシーンで哀愁の「枯葉」が流れて、これはナット・キング・コール版だった、と後で判明。


そういう所で、想像してた作風とはやや違って、大スターマリリンの一般的イメージとは裏腹な繊細な一女性、人としてのエキスで創られてて、

セクシーさの背後にそういう所も併せ持ってたからこそ、多くの人の心に訴えかけられた存在だったかも、とも今にして思えたり、前述のように、意外としっとりした珠玉作、という後味でした。

関連サイト:マリリン 7日間の恋 公式サイト象のロケット 「マリリン 7日間の恋」
関連記事:ブロークバック・マウンテン(’05)アイム・ノット・ゼア(’07)魔笛(’06)ラヴェンダーの咲く庭で(’04)私のこだわり人物伝 オードリー・ヘップバーンSONGS 南佳孝マリリン・モンロー 7日間の恋 / コリン・クラーク(’00)
<スレッドファイルリンク(ここでは「アイム・ノット・ゼア」「魔笛」)は開かない場合あるようです。>
    

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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-11 16:01 | 洋画 | Trackback(19) | Comments(6)
3日前、昨年秋発行の沢木耕太郎新エッセイ集を読み終わりました。沢木作品は、やはり昨年秋に読んでた旅ルポの「一号線を北上せよ」以来。

この「ポーカー・・」は、旅の話も出てくるけれど、特に旅に焦点、という訳でない13編収録。あとがきでもあったように、こういうスタイルのエッセイ集は「バーボン・ストリート」「チェーン・スモーキング」入れて3冊目、

手元の「チェーン・・」単行本で確かめたら、この発行は'90年、ほぼ20年を経て、ではあるけれど、やはり定番文体、というか、本人の興味に引っ掛かった題材への沢木目線での展開、読み易く安心して味わえた、という感じ。


印象的だったのは、ブラディ・マリーという酒にまつわる「マリーとメアリー」で、阿久悠作品として「五番街のマリーへ」を挙げてて、

NYの五番街なら、友人が指摘するようにマリー、でなくメアリー、ではないか、でも日本人はメアリーよりマリーの方に親しみがあるので、阿久悠は、確信犯的に、マリーにしたのだろう、

でも終盤で、彼女はマリという日本人で、愛称としてマリーと呼ばれていただけかもしれない、などと、ブラディ・マリーの名の由来同様、「五番街・・」の「マリー」考察。今にして、だけれど、このスタンダード曲もそう言われてみれば、という所。


また「言葉もあだに」で、「あしたのジョー」で、矢吹丈が良く吐く科白に「うぬ!」「おのれ」などがあって、現代青年としては妙だけれど、これは原作者の梶原一騎が昭和11年生まれで、そういう時代の背景にあった大衆小説的な世界観ではないか、とか、

旅の途中バスで中国人の少女と話してて、宮崎作品の話になって、好きな作品を聞かれて沢木さんは「風の谷のナウシカ」を挙げ、

この作品でも、かわいい顔をしたナウシカが、部屋に駆け込むと父が銃で撃たれ事切れていた時、それまでのソフトな語調から一変、「おのれ!」と叫ぶシーンに、梶原一騎より5才年下の宮崎監督にも、どこかに大衆小説、映画に通じる回路があるのかもしれない、などという考察。


映画話では他に、「なりすます」の中で、マーク・ピーターセンという人が著作の中で、「ローマの休日」のアン王女とジョーは「淡い関係」だけで別れたのではない、という説。船上パーティの大立ち回り~ジョーの部屋のシーンの間、というのを指摘、という件。

取ろうと思えばそう取れなくもないけど、やはり沢木さんが疑問を投げてるように、「淡い関係」でなかったとして、ジョーが記者会見に出る(ほど無神経)だろうか、で、余り信憑性はないと思うけれど、まあちょっと一瞬思い返したり、

たまたま私の引っ掛かったのは、そういう所だけれど、色々興味の幅広さ、など改めて。


沢木さん自身のネタとしては、その「なりすます」は、井上ひさしがかつて地元の山形で、井伏鱒二に会ったけれど、それは”偽者”、でも土地の青年の持ってきた小説を読んで、実に的確な批評をしてた、のような内容だけど、

それより印象的だった、大阪のミナミのバーに、沢木さんの偽者が出没、そこのママと懇意になってて、ぷっつり顔を見せなくなったので、上京して”本人”に連絡してきて、別人と判明、というエピソード。

沢木さんは真偽をはっきりさせた方が、と、そのママと面会。冗談半分に「その、偽者の沢木という人はいい男なんですか」と聞いたら、間髪いれずきっぱり「それはもう!」と答えられて、その偽者氏に奇妙な敗北感を覚えた、のような話。

その人は沢木さんの作品は読んだ事もなく、何者であるかほとんど知らず、とのことで、多分ただちょっと名のしれた実在の作家、という所で騙されていたようで、

思えば、メディア露出の多い有名人、とかでなければ、特にファンでもなければ、芸能人という訳でもないし、実際作家の人の顔って謎、というのも、自然かも。

だからと言って、ぬけぬけと偽者を演じる、というのも、愉快犯的な所もあるかもしれないけれど、大胆な詐欺行為。その偽物は、沢木さんの名を利用して無銭飲食、とかはなかったそうで、まあ著名度あってのことだけれど、偽沢木氏も出現したのか、と。

                                 (C)(株)講談社
a0116217_138761.jpgそれと、「挽歌、ひとつ」で、尾崎豊の事などにも触れてたけれど、主に、交流あった故高峰秀子さんについて書いていて、

生前、沢木さんの映画評について、「あんなことをしてる間があったら、もっときちんとした作品を書いてください。『深夜特急』のように顔がむくんじゃうような長いものをね」などと、「苦言」を呈された、というような所。
                                        
少し前本置き場で、別の本を探してて、昨年図書館の単行本を読んだばかりの「一号線を北上せよ」文庫を発見、持っていたのも忘れてて、収録内容は単行本の半分程、ベトナム旅関連エッセイだけだったのだけれど、

その最後に、沢木さんと高峰さんの「旅が教えてくれたこと」という対談が載ってて、ざっと読んでみたら、冒頭高峰さんが、「イルカと墜落」でのヘリ墜落事故の後遺症について心配してて、治療してない、と言う沢木さんに、

「(「痛い、痛い」ということを)面白がらないで、ちゃんと治して下さい、そうしないとね、ハタ迷惑です。誰が迷惑するかっていうと、家族が迷惑します・・」のように忠告、沢木さんが「はい、わかりました(笑)」と受けてて、

こういう風に、沢木さんに執筆活動、家族のことまで踏み込んで、あっさり意見してるのって、覚えある限り、この人だけ、だったような。


家族と言えば、少し前、沢木さんと若い女性が一緒に飲食店に入ったり歩いてるのを、マスコミ関係者が、あらぬ仲?と疑ったら、2人は沢木家に入っていって、娘さんだった、とかいう記事を見かけたけれど、

「恐怖の報酬」で、娘さんが少しだけ登場、小学生だった頃、「結婚するとしたら、絶対ゴキブリ退治できる人じゃなきゃだめ」と言ってたのが、先日、ふと思いついて確かめてみたら「そんなことが結婚の条件になるはずがないじゃない」と一蹴された、という部分。

特にそれが浮いてた、という訳ではないけれど、父題材のルポ「無名」はあっても、沢木エッセイでの、家族エピソード、というのはこれまで覚えなく、沢木さんの年輪の積み重ね、という表れなのかとも。


そういう所で、今回も、折に興味引っ掛かる部分もあり、前途のように、やはり割とスムーズに読み進み、味わえた沢木新刊でした。

関連サイト:Amazon 「ポーカー・フェイス」
関連記事:世界は「使わなかった」人生であふれてる(’02)血の味(’00)「愛」という名を口にできなかった二人のために(’07)銀の街から(’07、12月)(’08、1月)(’08,2月)(’08、3月)(’08、4月)(’08,5月)(’08、6月)(’08、7月)(’08、8月)(’08、9月)(’08、10月)(’08、11月)(’08、12月)(’09、1月)(’09、2月)旅する力 深夜特急ノート/沢木耕太郎(’08)LIFE 井上陽水~40年を語る<1>SONGS 財津和夫<1>/井上陽水<1>~<4>人の砂漠(’77)映画化人の砂漠(’10)あなたがいる場所/沢木耕太郎(’11)イルカと墜落/沢木耕太郎(’02)一号線を北上せよ/ 沢木耕太郎(’03)SONGS 高橋真梨子<2>SONGS 高橋真梨子

             (C)(株)新潮社 
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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-09 02:09 | | Trackback | Comments(0)

歓喜の歌(’08)

公開時、気になりつつ未見のままだった作品、先日「SONGS」に出ていた由紀さおりも出演していた、ということもあってDVDで見ました。大晦日の文化会館で、ダブルブッキングになってしまった2つのママさんコーラスグループを巡る、音楽人情物語。

先日、オペラコンサートで聞いた曲をきっかけに、母が昔入ってた地元の合唱団の演奏会テープを聞いた、というのもあって、そういう頃の事、店の仕事や家事に忙しくても、合唱を張り合いにしてたり、というのを想像してちょっと重なったりもして、という所もあったり、

実力派由紀さおり含むコーラス陣の、色んな曲が散りばめられて、元は立川志の輔の落語から、というストーリー展開も、大まかに都合良く、という所はありましたけれど、割とテンポ良く人情テイスト+合唱で楽しめた感じ。

これは松岡錠司監督作品だったのでしたが、松岡作品は「東京タワー オカンとボクと、時々オトン」以来でしたけれど、思えば冒頭金魚のアップ、これは後で小道具として絡んできたり、

そして終盤、コーラス員大田(藤田弓子)の店の客として登場の筒井道隆は、「バタアシ金魚」で高岡早紀の相手役、松岡監督は「バタアシ・・」の監督だった、と改めて。
            
           


注目の由紀さおりは、奥様グループ「みたまレディースコーラス」リーダー松尾役、未亡人でスーパー経営者でもあって、たおやかな貫禄あって、

この人初め6名で、まもなく亡くなってしまう少女の病室で歌った「竹田の子守唄」が、劇中ステージ曲外の中で結構印象的だったですが、歌唱面でも持ち味発揮、先日の「家族ゲーム」での怪演母ぶりよりは、やはりこちらの方がしっくりきた後味。

姉の安田祥子も、このコーラスグループ団員で、出てたのだった、というのは後で知った次第。


3/6追記:主演小林薫は、どちらかと言えば渋系のイメージだったけれど、今回市役所から文化会館に左遷されてきた主任飯塚役、序盤、いかにも卑小そうな公務員の物腰で、情けないコミカルぶりが意外とフィット。

この飯塚の不注意でのダブルブッキング、事なかれ主義では収まりそうにもない、両グループの憤り、勢い、もあったけれど、

夫が倒れ、女手一つで2つの店を切り盛りする大田が見せた、出前ミスを償う”ギョーザ”の誠意、+手伝うその娘(朝倉あき)のけなげさ、に触発されて、変化を見せ始め、事の収拾に体当たり奔走、

見放されつつあった妻(浅田美代子)、娘(於保佐代子)の信頼も何とか戻ってきて、という市井の一角の流れで、外国人ホステスに夢中になって飲み屋の勘定山積み問題、というのも、何だか笑えない情けなさの極み、だったけれど、終わってみれば割とほのぼの好感。


ハイソな由紀さおりグループに対して、ワーキングマザー軍団らしい「みたま町コーラスガールズ」リーダー五十嵐役の安田成美は、私はリメイク「時かけ・・」の母役以来だったけれど、今回の方がナチュラルな嫌味なさの味が出てたかと。

思えばこの人も前に「風の谷のナウシカ」テーマ曲を歌ってたりして、今回ステージでは指揮者側、指揮しながら歌ってはいつつ、歌声は特にクローズアップされてなかったけれど、なかなか由紀さおりに押されない個性、存在感。

渡辺美佐子演じる老女の訪問介護の仕事も明るくしてたり、落語家を目指す夢見がちな夫(光石研)、息子へのほんわりした主婦ぶりも。

普段物腰はソフトだけれど、市長夫人(片桐はいり)もメンバーにいる相手グループの威厳に、飯塚も押されかかったピンチの時、あの、今年だけ一緒に歌いません?と切り出して見せる、さり気ない大胆さ、芯の強さ、とか、

飯塚の悩み相談に乗って、にっこり市役所の金魚強奪案、を提案したり、という結果オーライ、漫画的な”飛んだ”一面も見せたけれど、飯塚のために、やはりいい味だった警備員役、笹野高史の注意を引きつける時の2人のやり取りは、絶妙にコミカルな、ちょっとした見ものだったり。


その他脇役陣で印象的だったのは、「・・ガールズ」の一員でどうやらエースらしい、相崎役の平澤由美。松尾のスーパーの店員でもあって、まぐろ売り出しの時の威勢も良かったけれど、

「みたまレディース・・」が「・・ガールズ」の歌を審査、の時、この人の伸びあるサビでのソロ部分が引っ張って、「みたまレディース・・」面々を驚かせ、合同開催への道が開けた節目、でもあって、劇中の一番インパクトは、この合唱シーン。

この時の曲が、聞き覚えはあったものの、題名不明。母の所に届け物のついでに、このメロディを口ずさんで知ってるか聞いてみたら、これは日本語で歌ったこともあるそうで、馴染みはあったけれど、題名はとっさには出ず、

歌の本を取り出してきて、目次の曲名と出だしの歌詞を見ているうちに、これだ、と発見、アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」だったと判明。

           

この平澤由美は、私は初見、他の映画出演歴は見かけないけれど、ミュージカル舞台によく出たりライブ活動もしてるようで。


まあフィクション、ではあるけれど、当初は一歩も引かなかった両グループが、他方を押しのけて自分達だけが公演しても、角が立ちそう、とか何か後味悪いわねえ、というような感情、

そこから飯塚の粘り強い仲立ちもあって、同じ合唱、という土俵で、互いの背景は違っても「レディース・・が「・・ガールズ」の実力も認めて、我欲だけの世知辛さから歩み寄りへ、という過程も後味良かった。


今日母が食事に来た時に、ちょっと話を説明して、その「ロンドン・・」シーンや、他のハイライト合唱シーンを再生して見せたら、ラストステージでの、題名不明だった日本の威勢のいい曲は、美空ひばりの「お祭りマンボ」だと知ってて、これも母のお陰で曲名判明。

「翼をください」「竹田の子守唄」などの赤い鳥曲も、合唱で歌ったことはないそうけれど曲は一応知ってて、ラストの「歓喜の歌」は、覚えたかったけれど、自分が辞めた後で合唱団がやり始めた曲だった、とか。

時折劇中の歌に合わせて小声で歌ってたり、コーラスは、実際やってたら、色々と(問題も)あるけどなあ、といいながらもやはり懐かしげ。


終盤、本番会場から、服のリフォーム仕事のミスのトラブルを優先して店に戻った大田、というのも、”ギョーザ”エピソードと重なるプロ意識、誠意、と思ったけれど、

飯塚と加藤の、彼女の連れ戻し方、というのも、とにかく行かないとだめなんです!という漫画的強引さ。その代わり、店での飯塚の、筒井道隆演じる客の服のリフォーム対応も、援助に現れた妻と和解、というオチがついたけれど、ぬけぬけした詭弁だらけで、苦笑。

そういうエピソードと同時進行しながら、この人情ストーリーのハイライトステージ、聞き馴染みメロディで始まった合同ラスト曲、スタンダードの「歓喜の歌」で、気持ちよく締まった、という感じ。


          

でも、さらに感慨だったのは、エンドロールで不意打ちのように流れたテーマ曲、男性ボーカルでの「あの鐘を鳴らすのはあなた」。誰なのかと思ったら、先週「SONGS」に登場してたクレイジー・ケン・バンドだったのでしたが、

何だかこの物語テイストにマッチしてて、これがママさんコーラス曲を押しのけて、私のこの作品での一番インパクト曲に。


そういう所で、合唱パフォーマンス、由紀さおりや平澤由美などの歌声に、公私共に情けない一公務員の悲喜こもごもの奮闘ぶり、2コーラスグループの歩み寄り、という人情テイスト入り混じって、なかなか味わいの作品でした。

関連サイト:Amazon 「歓喜の歌」象のロケット 「歓喜の歌」
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阿久悠氏SONGS 山本潤子
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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-05 21:21 | 邦画 | Trackback(4) | Comments(0)
今日、近くの杉並セシオン内の高円寺地域区民センターで音楽イベント、都合も合ったので母と行ってきました。先日のオペラコンサートのホールではなく、施設のフロアの一角でライブ、定員100名、とあったですけれど、客席は割と埋まって、立ち見の姿もちらほら。

平均年齢70代、というバンド「ザ・カクテル・フォー」の、ラテン、ジャズ、映画音楽、ムード歌謡などの演奏。着いた時、やや前の方の手頃な席は埋まってて、母はややしり込み気味だったですが、一番前で鑑賞。この身近さで、久方のちょっとしたライブハウス感覚も。

a0116217_23124516.jpg杉並区が災害時の補助協定を結んでるらしい、福島県南相馬市へのチャリティーの趣旨で、義捐金箱が設置され、休憩時間にその箱を持った方がざっと巡回。

私と母は、こういう3.11チャリティー参加は、昨年春の神社でのアルゼンチンタンゴ演奏会以来。

編成は、テナーサックス2名、ドラムス、ベース、ギター、パーカッション、ボーカルの7人で、ギターの男性が弾きながら4曲歌い、紅一点のボーカル女性は、折にマラカスなども振りながら3曲。クラリネットの男性が2曲参加。休憩挟んで全16曲、1時間半程。

この熟年バンドは結成2年目、普段ラテン、映画音楽、ダンスミュージック中心、だそうで、まあやはり70代バンド、キレ、というより、アマチュアなりにも年輪重ねた音の味わい、という感じだったけれど、

ドラムス、ベースの人はプロ活動もしてる、そうで、そこら辺が音を締めてて、というのもあってか、思ったより躍動感、ボーカルなど渋い味もあって結構満足。

演奏曲は、最初短いそのバンドのテーマ曲のあと、

第一ステージ

1 キエンセラ
2 ソラメンテウナベス
3 砂に書いたラブレター
4 テネシーワルツ
5 mollendo.cafe
6 べサメムーチョ
7 星降る街角
8 キャラバン

第ニステージ

1 fly me to the moon
2 キサス・キサス・キサス
3 思い出のサンフランシスコ
4 fascination
5 タンゴ・エルチョクロ
6 el. ombo
7 エルクンパルチェロ
8 闘牛士のマンボ

アンコール fly me to the moon

知ってる曲は、最初曲名を見た限りでは「テネシー・・」「fly me ・・」「キサス・・」「思い出の・・」位。でも実際曲を聞いたら、知らなかったのは「ソラメン・・」「砂に書いた・・」「el.ombo」「闘牛士・・」、その他は聞き覚え。「砂に書いた・・」は、当初「砂に消えた涙」と勘違い。

司会の人が、1曲ずつ見短い紹介を入れてくれて、「キエンセラ」「べサメムーチョ」はそれぞれ「誰だろう?」「私に沢山キスをして」の意味のスペイン語、「mollendo.cafe」は、日本版で西田佐知子の「コーヒー・ルンバ」だったり、

「星降る街角」は敏いとうとハッピーブルー曲、「キャラバン」はキューバンジャズで、吹奏楽の定番、「fascination」はヘップバーンの「昼下がりの情事」テーマ曲で、邦題「魅惑のワルツ」だったのだったり、

「タンゴ・エルチョクロ」は英題「キス・オブ・ファイアー」、「エルクンパルチェロ」はやはり高校野球の応援とかにも良く登場の、吹奏楽定番、とか。


今回一番インパクトだったのは、「fly me ・・」。ギター兼ボーカルの男性もこなれてて、ボーカル女性もパワフルだったけれど、この曲だけ歌ったパーカッションの男性が、ハスキーさ混じって割といい声、と思ってたら、アンコールで再度。

その男性は、「(アンコールのことは)聞いてないんだけど・・」とちょっと苦笑いで戸惑いながらも、前に出てきて、さっきは余りスイング出来なかったんで、今度はしたいと思う、皆さんも、上下でなく、左右に揺れて、スイングして楽しむ感じで聞いて下さい、などと話して、再度。

この曲は、最初に演奏の前、司会の人が、アポロがカプセルで持っていった”月に運ばれた人類の最初の曲”などと紹介、そうだったのかと今にして。

フランク・シナトラの名を挙げてたけれど、最近何か聞いたような、と思ったら、「ハッピーフライト」テーマ曲がこの「fly me ・・」ではなかったけれど、「Come fly with me」だったのだった、と思い出したり。

その他、「キサス・・」は、題名は思い出せないけれどウォン・カーウァイ作品で流れてた覚え、後で確かめたら「花様年華」で、このエキゾチックな旋律も、久し振り。意味は、曖昧な返事の「多分・・」だったのだった、と。
             
          


母も、聞いてみたら数曲以外はほとんど聞き覚えあった、そうで、自分も70代、ボーカルの女性は、私と同じ位の歳やろうなあ、とか、こうして70代で音楽できてて、というのもええなあ、とか。どの曲も懐かしいけれど、特に印象的だったのは、「テネシーワルツ」や「星降る街角」だと。

今回「テネシー・・」は歌なしで演奏のみ。母が浮かぶのは江利チエミ版などのようだけれど、You tubeでペドロ&カプリシャス版を発見。

           

「星降る・・」は、私も曲を聞いて、ああ、と思い出して、男性ソロシンガーの曲だったような覚えだったけれど、敏いとうとハッピーブルー曲だったのだった、と改めて。

           


まあそういう所で、知ってる曲演奏も割とありそうな、とは思いつつ、正直そう期待して行った訳ではなかったですけれど、意外と、というか、熟年バンドの繰り出す音色の味わい、アットホームなライブ感覚もあって、楽しめたイベントでした。

関連サイト:杉並区 イベント情報 ふれあいチャリティー音楽界
関連記事:ディス・イズ・ボサノヴァ(’06)踊る大紐育(’49)錨を上げて(’45)ハッピーフライト(’08)春の芸能鑑賞会 アルゼンチンタンゴ杉並弦楽合奏団 第49回定期演奏会オペラガラコンサート~セラータ・ムジカーレ Tokyo Play Opera 第30回定期演奏会
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by MIEKOMISSLIM | 2012-03-03 23:59 | 音楽 | Trackback | Comments(0)