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’09年1月末AOL映画掲示板、ブログが終了、気分新たにマイペースで、音楽・芸術鑑賞、ユーミン関連、読書、英検1級対策、グルメ、仕事等含めて書いてます。英検は’11年11月に無事合格達成出来ました!

by MIEKOMISSLIM

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今日、近くの馬橋神社で恒例の春の芸能鑑賞会、都合も合ったので、今回も母と行ってきました。

私達はこの催しは、一昨年の東日本大震災チャリティを兼ねてた時に初めて行って、3回目、昨年、一昨年とタンゴだったのが、今回はジャズ。

3年ぶりの出演らしい、6人編成の熟年バンド「アップルシード」の演奏で、天気も問題なく、この時期らしく普通に温暖で、爽やかな気候、新緑の中、

恒例の、境内をステージにした野外コンサート、馴染み曲もそこそこあって、楽しめました。


やはリ最初に、大柄な白髪の神主さんの挨拶、昔ながら、馬橋では神社が中心となって行事を進めていく、という意欲、5月の災害訓練参加の呼びかけ、そして合間にこういう音楽を楽しむのは、神様も喜んでくれるでしょう、のような挨拶。


演奏曲目は、今回会場でくれた紙にメジャーな5曲しか出ておらず、その都度紹介されるのをメモしておいて、後で幾つか検索で確認。多分以下のようなタイトル、と思うけれど、

第1部:Swingin' at the Haven / They Say It's Wonderful / Night Has a Thousand Eyes / Don't Get around Much Any More / You'd be so nice to come to / テネシー・ワルツ / Shiny Stockings / おいしい水

第2部 :One by One / Dear Old Stockholm / Recado Bossa Nova (The Gift) / 上を向いて歩こう / Shadow of Your Smile(いそしぎ)/ ひまわり / My Favorite Things (サウンド・オブ・ミュージックより) / 真っ赤な太陽

アンコール:I Remember Clifford / ルート66


15分位休憩をはさんで、約2時間半、18曲中11曲が、女性ボーカル入り。私は知ってたのは10曲、タイトルは初耳だけれど、一部旋律に聞き覚えがあるような、というのはボサノヴァの「Recald Bossa Nova」。

母はタンゴ程ではないけれど、3分の1位は知ってたようで、一番良かったのは、やはり馴染み深い「テネシー・ワルツ」だと。

私は、小野リサやナラ・レオン版で馴染み、また「ヴィニシウスー愛とボサノヴァの日々ー」で聞いて以来だった「おいしい水」なども良かったけれど、
         
         

馴染みあったのは阿川泰子版だったか、中本マリ版だったか、の「Shiny Stockings」なんて、久方の洒脱な感じの懐かしさ。

瞬時に、田舎で電車で片道1時間半程だったかの、大手塾講師として通ってた頃、ウォークマンでよく聞いてた阿川泰子、そのシュガーボイスでの洗練感、に何だか気分的に随分救われてた感覚、が蘇ったり。

後でテープを確かめたら、阿川版は見当たらず、あったのは中本版、アンリ菅野とのジョイントアルバムに入ってたのだったのだけど、You tubeには、残念ながら中本版はなく、エラ・フィッツジェラルド版などが。

         



やはりこのバンドも、昨年、一昨年のタンゴバンドのように、メジャーという訳ではないけれど地道に活動、紙面での紹介だと、新宿を中心に銀座、阿佐ヶ谷など主に都内で活動しているらしく、

老人施設のデイサービス、グループホーム、地方の温泉リハビリ施設などボランティア活動にも力を入れ喜ばれてる、とのことで、おそらくメンバーは60~70代位のようだけれど、さすがに熟練の音色、という感じ。


a0116217_023575.jpg1部の「Don't Get around ・・」から登場、2部でも英語混じりの「上を向いて歩こう」以降登場、

最後の曲まで歌って進行役、でもあった紅一点ボーカルの佐久良 咲良(さくら さくら)さんも、コール・ポーター曲だったのだった「You'd be so nice ・・」など似合う、ややハスキーで落ち着いた歌いっぷり、

髪型は肩までのソバージュ、でもお登紀さんをもっと素朴にしたような日本的な顔立ち、誰かに似てる、と思ってたけれど、途中で、故逸見政孝夫人(春恵さん)だ、と。

2部では折々下に降りてきて、客席の間の通路で歌ったり。母と私は、最初前から3列目右手に座ってたけれど、どうも日光が眩しく、空いていた2列目中程に移動してて、私の方が通路寄りにいたのだけれど、

「上を向いて・・」の後半で、そのボーカルさんから「泣きながら 歩く・・」の所で急にマイクを向けられて歌って、その後最前列にいた男性、最後にその隣の神主さんにも。

とっさのことで、ちゃんと声も出てたか?だけれど、まあローカルイベントならでは、という体験。


それと、次の「Shodow of Your Smile」の紹介で、歌う前に彼女が「いそしぎ」のことに触れて、「リチャード・バートンと、ええっと・・」と度忘れしたようで、先程の最前列の男性に尋ねるような素振り、でもその人もとっさに答えず、

そのちょっと前に、私は映画自体知らなかった母にも言ってたのだけれど、「エリザベス・テーラー」、と声をかけたら、「ああそうそう、エリザベス・テーラー、もうこれだから・・」と朗らかに度忘れに苦笑い、ということも。

この曲も、思えば数年前「ミュージックポートレート」で、正隆氏が、人生の10曲の中の1つに挙げてて、ちょっと耳にして以来。





最初の方で、リーダーらしきピアノのしゅーまん村上さんや、佐久良さんも折に苦笑気味に言ってたように、どちらかというと、昼間より夜、アルコールを飲みながらの方が似合うのだけれど、というジャズスタンダード中心、だったけれど、

他の曲で気になったのは、「ひまわり」の日本語版や、英語&日本語ミックスの「真っ赤な太陽」は初耳だったり、

「My Favorite Things」は馴染みメロディだったけれど、「サウンド・オブ・ミュージック」の曲だった、というのは、忘れてたのか・、記憶薄れてたのか。

アンコールで歌った静かなバラード「I Remember ・・」の、Cliffordというのは、26才で夭折したトランペッター、クリフォード・ブラウン、らしく、

貧しくてトランペットを質に入れて、お金が出来たら出してきて、という生活、トランペットを取り戻した帰りに交通事故死、その死を悼んで創られた曲だった、など。

クリフォード・ブラウンについては、ちょっと検索してみたら、'50年代に活躍、チャーリー・パーカーと共演などもしてたトランペッターだった、とか。

で、ラストは最前列の、メンバーと知り合いらしい男性の派手な「もう1曲!」コールもあって、賑やかに「ルート66」で締め。


私はこの行事、今回のは頭になく忘れてたのだけれど、母が近所の豆腐屋さんの張り紙チェックしてて、数日前に聞いて、そう言えば4月の終わり、このGW初旬の辺り、だったのだった、と。

今回のバンドアップルシーズは、3年前出演の時、やはり同じ4月29日、だったらしく、その時はまだ桜が咲いてた、と言ってて、以前も確か桜の花弁が散ってた覚えあるけれど、今回は桜はとっくに終わってて、

暑かったり寒かったりやや落ち着かない春ですけれど、今日は前述のように、滞りなく爽やかな気候の中、色々ジャズ曲を楽しめて満足でした。

関連サイト:馬橋稲荷神社
関連記事:春の芸能鑑賞会 アルゼンチンタンゴ春の芸能鑑賞会 鎮守の杜 タンゴコンサートソロモン流 綾戸智恵SONGS 綾戸智恵/鈴木雅之”イパネマ”(’07)/小野リサ・ジサフィナード(’96)/ナラ・レオンヴィニシウスー愛とボサノヴァの日々ー(’05)ミュージック・ポートレイト~人生が1枚のレコードだったら~

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by MIEKOMISSLIM | 2013-04-29 22:52 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
「SONGS」前々回はエルヴィス・プレスリー、先週再放送の録画で見ました。

’73年のハワイでのコンサート「アロハ・フロム・ハワイ」や、TV番組「エド・サリヴァン・ショー」、映画劇中歌など、馴染みの白いジャンプスーツ姿も郷愁、エネルギッシュ、かつ甘い歌声でのパフォーマンスの様子。

歌ったのは、「「シー・シー・ライダー」「ハートブレイク・ホテル」「ラブ・ミー・テンダー」 「監獄ロック」「G.I.ブルース」「好きにならずにいられない」「この胸のときめきを」 「サスピシャス・マインド」など。

エルヴィス、と言えば、私は多分'04年「エルヴィス・オン・ステージ」をスクリーンで見て以来。それは'70年の夏ラスヴェガスでのステージ模様、だったのだけれど、

一番印象的だったラブバラード「この胸のときめきを」は、今回もその映像から、のようで、やはりこの曲が一番インパクト。


4/26追記:冒頭、ハワイに降り立ちファンに熱狂的に迎えられる映像、この「アロハ・フロム・ハワイ」は衛星中継で36カ国15億人!に届けられた、という伝説のステージ、

TV時代幕開けの頃、衛星中継をコンサートに使う、ということ自体画期的な試みだった、そうで、日本でも神田の共立講堂というホールで、その生中継の上映イベント、1200人程が集まって熱狂、

その時の実況中継をした徳光和夫が、その現場で回顧してたけれど、観客共々、もしかして映像が来ないんじゃないか、と半信半疑、最初クレーン車の映像が映っただけで大拍手、そういう時代だったのだった、と。

現地ハワイで夜の0時から、という異例の開演は、日本のゴールデンタイム夜の7時~に合わせた、とかで、ビートルズと違って、来日することはなかったプレスリーだけれど、そういう風に日本のファン意識があったようで。


エルヴィスの生い立ちも少し紹介、やや意外だけれど、両親は敬虔なクリスチャンで、幼い頃から教会音楽に触れ、生活の中のゴスペル、カントリー、ブルースなど様々な音楽から歌手の道へ導かれて、という経緯、

デビュー時のモノクロ映像での「ハート・ブレイク・ホテル」など見てると、まあワイルドな風貌+甘い声、ロックンロールリズムに乗せて小刻みに腰を振るパフォーマンス、とか、若者にウケる新しさ、

中年時のプレスリーからは、日本のシンガーだと尾崎紀世彦、など連想するけれど、こういう若い頃だと、吉川晃司、とかも、本人がプレスリーからの影響、というのは聞いたことないと思うけれど、何かラインがあるような。

それと、何というか若い頃の石原裕次郎などにも繋がるような、型にはまらないラフでフレンドリーな魅力も、という感じも改めて。


4/28追記:「不良」「挑発的」とも批判されながら、人気番組「エド・サリバンショー」に出て、視聴率82.6%!を記録、全米が彼を認めた、という驚異の数字。

モノクロ映像だけれど甘い声で歌いあげる「ラブ・ミー・テンダー」なんて、やはりこの人ならではの独特の味、という感じ。

また、石原裕次郎と重なるのは、30本以上の映画にも出て、余り俳優としてのこの人って馴染みはなかったけれど、劇中歌でも観客を魅了、

カラー映画の劇中、ハワイのレイのようなものを首にかけて歌う「好きにならずにいられない」は、「この胸のときめきを」の次にインパクトな曲。これは「ブルー・ハワイ」という作品だったのだった、と。

          

でもマネージャーの方針で映画の比重が増えて、音楽からは距離を置いてて、その60年代前半イギリスの、ローリング・ストーンズやビートルズが台頭、エルヴィスの歌手人生終わったか、と思われてたけれど、

幼い頃から聞き続けていたゴスペルによって、音楽への情熱を支え、ゴスペルアルバムでグラミー賞受賞、久方のTV出演、復活を遂げて、という所も、

ビートルズ人気の波を押し返した、表面的ではなかったミュージシャンとしての底力、という実績も改めて。


そして、'70年「エルヴィス・オン・ステージ」のラスベガスショー。「エルヴィス・・」のパンフレットにも文章を寄せてて、エルヴィスと交友があった湯川れい子が、日本で翌年公開された「エルヴィス・・」の人気ぶりを回顧。

ロックを歌うバンドのメンバーでなく、歌手、という存在の魅力を初めて味わった日本人も多かったのではないか、

そして、エルヴィスの日本公演も、話は出たけれど実現はしなかったけれど’73年の、前述のように日本に焦点を合わせた「アロハ・フロム・ハワイ」について、

バブル、なんて軽いものもではなく、日本自体が力を持って自信を持って世界に出て行こうとしていた時で、それがあの中継を可能にして、そういう凄い高揚感の中で共有出来た音楽体験で、

そして何よりも、私にとっては、エルヴィスが日本に一番近くに来てくれたコンサートでしたね、などというコメント。


今でこそ通信機能も発達、様々な映像も瞬時にして世界を駆け巡り、だけれど、こういう時代だからこその、初の衛星中継でのコンサートで歌い踊る海外スターの姿、として、音楽ファンには特別な感慨もあったのだろうし、

そして、それに見合う度量、華のあったエルヴィスというミュージシャンの存在感、というのも改めて。

この人って、やはり太短く、「アロハ・フロム・ハワイ」の4年後、42才で他界、だったのだけれど、今回取り上げられたのは、

「SONGS」サイトにあったように「アロハ・・」40周年、というのもあったかもしれないけれど、久々に、様々なミュージシャンに影響を与えたプレスリーの、ワイルドかつ甘い魅力改めて、で、少しリフレッシュ効果も、という今回でした。

関連サイト:SONGS 第255回 エルヴィス・プレスリー
関連記事:エルヴィス・オン・ステージ
<「エルヴィス・オン・ステージ」はスレッドファイルのリンクで、開かない場合あるようです。>


  
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by MIEKOMISSLIM | 2013-04-25 22:28 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

SONGS イルカ

「SONGS」は、先々週の「時代」中島みゆき、昨夜エルヴィス・プレスリーの回再放送、もありましたが、3月半ばのイルカの回を録画で見ました。

「SONGS」では初登場、’06年に「あの歌がきこえる」で「雨の物語」の回があったのだったけれど、この人の姿も結構久し振り。でも相変わらずのおっとりキャラクター。

今回歌ったのは「なごり雪」「海岸通」「まあるいいのち」。本人の音楽、「なごり雪」への思い、’07年病死したのだった夫、神部和夫との出会い、思い出など回顧談をはさみながら。


この人、といえばマイベスト曲は、昔シングルを買った「風にのせて」。久々に思い出して、改めて何とも詩的、かつ温みあるほのぼの曲。

        


これは本人作詞、作曲の曲だったのだけれど、今回一番インパクトは伊勢正三作品「海岸通」。

超スタンダード「なごり雪」も、当時彼女が歌うことになった、「かぐや姫」メンバーとの経緯の紹介、そして久方の本人版、で、改めてしみじみ、だったけれど、

「海岸通」は、正やん曲、「風」曲のイメージ強く、イルカ版もあった、というのがちょっと記憶薄れつつあったのもあって、今回久方に聞くイルカ版が、妙に新鮮な印象。

当時の「かぐや姫」「風」の数々の曲ノスタルジーがほんわり脳裏に広がって、この「海岸通」も、優しく切なく+イルカのソフトボイスで、今の時代姿を消しつつある、”心”ある叙情曲、という感じ。


4/23追記:イルカはブレイクする前、シュリークスというグループにいた、というのはおぼろげに記憶あるけれど、

これって、元々神部和夫が結成した早稲田のフォークグループで、そこに山田パンダもいた、というのがかぐや姫~イルカの縁ルーツ、というのも改めて。

イルカって中野出身、女子美大卒だった、というのも今にして、だけれど、大学時代に神部和夫とフォークを通して知り合って付き合うようになって、卒業後、彼と2人でシュリークス、として活動してて、結婚、

神部和夫は、自分はイルカの才能を開花させるべく、裏方のプロデューサー業に専念、ユーミン&正隆氏のような、そういう同業者夫&妻関係だった、というのも今にして。


イルカの温かみある声で、「なごり雪」を歌わせたい、と思って、かぐや姫に交渉したのも、神部氏だった、というのも、内助の功、というか、愛情、というか。

イルカは当初、これは当時、かぐや姫のファンにとって宝物のような曲だから、自分が歌う、などという大それたことをしてはいけない、と抵抗あったけれど、

この曲を創った正やんがレコーディングスタジオにやって来て、イルカが、大切な曲だから、自分が歌っちゃいけない、と思ってる、と言ったら、

そういうことは考えないで、好な歌なら、イルカが僕の歌を歌ってくれるのを聞くのは好きだよ、のようなことを言ってくれて、それで、スーッと肩の力が抜けて、気持ちが切り替わった、というような回顧。

イルカ版「なごり雪」誕生に、そういう仲間内の裏話があった、というのも今にして、で、何だか、当たり前のように聞いてきたスタンダードヒット曲、だったけれど、この曲に似合ったほのぼのエピソード、という感じ。

あと、Wikipediaで見かけたのだけれど、これがソロになって3枚目、「風にのせて」の次のシングルだったのだった、というのと、どういう縁だったのか?この曲の編曲が正隆氏だった!?というのも、今にして。、

        


この「なごり雪」でブレイク、アルバムも売れて、超多忙になったイルカは’77年冬眠(休養)宣言、絵本を創ったり、長男出産、ととても充実した日々を過ごして、音楽から離れていたけれど、

当時結婚していながら活動、という女性ミュージシャンも今からしたら凄く少なく、先を歩いていく人間として、路を切り開いていく責任がある、などと、復帰を後押ししたのが、やはり夫の神部氏だった、という経緯。

そう言えば、この年代の女性ミュージシャン、五輪真弓、中山ラビ、少し下だけれど、ユーミン、大貫妙子、吉田美奈子などにしても、マザーミュージシャン、というのは余り思い当たらず、

やや先輩のお登紀さんや、神部氏を送る会の写真に映ってて、親交あったらしい森山良子、位。

そういう風に、子供も出来て家庭に落ち着きつつあったイルカの、ミュージシャンとしての才能を埋もれさすのでなく、復帰して生かすよう勧めた夫、というのも、女性&ミュージシャンとして、理想のパートナー、という感じ。


そしてその復帰曲が「海岸通」、その復帰ステージが、女性シンガーソングライターとして初めての武道館公演だった、というのも今にして。

この人らしい、地に足の着いたまさに順調な人生、という経緯だけれど、’87年に神部氏がパーキンソン病になって、身体の動きが不自由な身になってしまい、このまま音楽を続けていくか悩む事態になって、

でも”イルカの半分は僕”と言っていた神部氏、イルカの音楽活動を気にしてるようで、家でコンサートの盛況ぶりを離したりすると、うれしそうに、凄く満足そうな顔をするので、

何よりの薬は、自分がいい仕事をしていい報告をしてあげること、ということなんだな、と、活動を続けることに。


20年間に及んだ闘病生活、治療は病院、施設でだったのか、自宅療養だったのか、詳細は?だけれど、彼女はファンの前では、夫の病気のことは一切口にしなかった、そうで、

私はイルカ曲って、「風にのせて」「なごり雪」以降は、「君は悲しみの」「雨の物語」「夜明けのグッドバイ」「FOLLOW ME」「もう海へは帰れない」辺り、80年代半ば辺りまで馴染みあって、

それ以降はこの人の音楽活動もそう意識なく、’07年の神部氏の他界も、薄っすら訃報を聞いた覚えがあるような、やや記憶薄れてたけれど、

イルカ=フォーク界のマイペース大らかミュージシャンイメージ、の背後にそういう波乱もあったのだった、と今にして改めて。


神部氏の送る会に集まったミュージシャン達とイルカの写真が映って、その面々は、森山良子の他、南こうせつ、山本コータロー、杉田二郎、西岡たかし、がいて、

その中、西岡たかしって、唯一アルバム「風博士」は買ったのだけれど、本人の写真が載ってた訳でもないし、思えば、動く姿、はもちろん、どうも鮮明な写真を見た覚えなく、今回の、眼鏡をかけた普通のサラリーマン風のが、今にして初、かも。

その仲間達とその時歌った、というのが、今回のラスト曲「まあるいいのち」、これは命の大切さをテーマに歌を書いて欲しい、という神部氏の願いから生まれた曲、らしく、

子供達でも歌える、だれでも歌えるような曲が出来ないか、という思いで創ったようで、子供達と一緒に歌ってたけれど、まさに究極の「みんなの歌」的、シンプルな牧歌的歌詞、メロディ。

今、国際自然保護連合の親善大使も務めてるらしく、世界中の人々にこの歌を届けてる、そうで、これもまた私の大きな財産、

天国で夫が、ほら僕が言った通り、創ってよかったでしょー!と言われてるようで悔しいけれど、有難う、っていう感じ、とほがらかな語り。


まあ、何と言うか、1人息子の神部冬馬もシンガーソングライター、親子コンサートもしてるそうだけれど、離婚歴あって、昨年一般女性と再婚、前妻との間に娘がいる、そうで、イルカも今や祖母なのか、だけれど、

そういう息子のプロセス、長かった夫の病気、とか色々表には出ないことも色々あったのだろうけれど、その人生の歩みと、この人の温もりある歌声、その曲の内容、などのスタンスが、

さり気ないけれど自然体で”ブレ”がない、少なくともブレが感じられない、安心、納得して歌を聞けるミュージシャンの1人、という魅力改めて、という今回でした。

関連サイト:SONGS 第253回 イルカ
関連記事:あの歌がきこえる「雨の物語」あの歌がきこえる「22才の別れ」22才の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語(’07)その日のまえに(’08)SONGS 徳永英明手のひらの東京タワー / 松任谷由実(’84)SONGS 中森明菜<2>涙そうそう(’06)みゅーじん 森山直太郎・良子SONGS 森山良子SONGS やもり(矢野顕子&森山良子)風博士/西岡たかし(’76)・Skylightにポプラの枯葉/伊藤銀次(’83)



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by MIEKOMISSLIM | 2013-04-19 23:50 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
「SONGS」今回は中島みゆき「時代」特集、昨夜の再放送をオンタイムで見ました。

「SONGS」はイルカの回の録画、他にも録画の映画、沢木さんのキャパ文章、など溜まってはいるし、先週末のを見逃してしまった昨夜のは、みゆきさん登場回だしオンタイムで見ようと、目覚ましセットで。

みゆきさん特集、というより「時代」特集、この番組でこういう風に1曲だけにスポットを当てて色んなバージョン特集、というのはこれまで覚えなく。

小学生や高校生の合唱版、みゆきさん本人の、この曲ルーツのコッキーポップで、また多分昨年「歌姫 劇場版」でのと同じライブ版、

一青窈、八神純子版、流れたのは少しだけれど、今回ナレーターの薬師丸ひろ子版、それぞれのそのカバーへの思い、みゆきさん本人のこの曲談、世界歌謡祭でグランプリを取った時の映像など交えて。


正直、この曲は、やはりユーミンの「春よ、来い」や陽水の「少年時代」のように、どうも”王道に立派すぎ”なイメージで、スケールある名曲、とは思いつつ、特に好きなみゆき曲、という訳ではなく。

でも八神純子が語ってたように、3.11被災地の人々の感涙を誘う染み入り方をする曲、この曲を歌い継いでる岩手の高校の音楽部員達が、震災後、被災地ででこの曲を歌う機会が増えて、

避難所や復興イベントで、人々の共感を呼んでいる、とか、八神純子も東北で支援活動中、被災地者からこの曲を聞きたい、という声に、歌うことにした、などの様子を見て、

やはりある種、普遍的に様々な人の心にエールを送れる懐深い神がかり曲、という感覚新た。当時音楽番組でこの曲を歌う貴重なみゆきさん映像、というのもあって、ある種の貫禄はすでにありつつ、初々しい歌いっぷりの姿もあって、
         
やはり本家版が真髄、とは思うけれど、何度となく聞いてきたこの曲に、たまたま今回深夜、というのもあったかもしれないけれど、初めて涙腺ゆるみモードにも。


4/14追記:今回紹介のカバー版で一番インパクトは、番組ではシングルジャケット紹介、歌声もごく一部、だったけれど、You tubeにもあって、聞いてみた薬師丸ひろ子版。

当時この曲を歌ったのは、女優の仕事に悩みを抱えてて、背中を押してくれたのがこの曲だったから、と言ってて、

これは手元にテープがある薬師丸アルバム「SINCERELY YOURS」最初の曲、余り聞き返したことはないけれど、大貫妙子曲「色彩都市」も入ってるアルバム。
           
この薬師丸版、というのも、素直なクセのない歌声に、そのまま楽曲自体の良さ、精神が凝縮、という感じ。

      


そして次が、少し若いけれどみゆきさんと同世代、でも余り接点はなさそうだった八神純子版。この人が、2回目に出た世界歌謡祭で、今度こそ、とグランプリを狙っていたけれど、そのときの受賞曲が「時代」、

悔し涙を飲んだ、という苦い思い出のエピソードを語ってて、そういう因縁があったのだった、と今にして。でも前述のように、東日本大震災の支援活動中、被災者に「時代」を聞きたい、と言われ、歌うことにして、

乾ききった砂漠の地面に水をパアーっと入れた感じで、人の心に染入ったようで、ポロポロ涙を流されてる人が一杯いて、そういう方達の所に、歌い手として私があの曲を歌わせてもらってる、というのはとてもラッキー、

ある意味、中島みゆきさんのメッセンジャーになった気分で、などというコメント。

         

この八神版、というのも、本人にとってそういう過去の因縁の曲、だけれど、そういうものを越えて今、熟年のクリスタルボイスでしっとり丁寧に歌ってて、心が伝わってくるようで、意外と結構好感。


そして一青窈版。本人談で歌詞の「そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ あんな時代もあったねときっと笑って話せるわ」の文章が大好きで、そこの行を歌われると、自然と涙がぼろぼろ出てくる、

その最初のAメロの所で、私はもうこの曲を歌って良かった、と思う、そうで、映像では、「もらい泣き」のような座り込みスタイルで「時代」を歌う姿。

You tubeにも、この人が、誰なのか?もう1人女性シンガーと歌うライブでの「時代」があって、コメント欄に、「時代は変わる・・」と歌詞を変えて歌ってることへの批判、も見かけたけれど、

聞いてみて、その部分は曲の一番最後の方のリフレインでだけで、まあ確かに、別に変えなくてそのまま、の方がいいとは思ったけれど、書かれてるように、曲への冒涜、とまでは思えないし、

「時代」という曲自体へのこの人なりのリスペクト、というのは伝わってきた感じ。

           



4/16追記:今回みゆきさん自身は、この曲について、書いた時には多分何も考えていなかったと思う、誰にでもあることでしょうけれど、小さい子みたいに、口が勝手に歌うに任せた、というような生まれ方をした曲なので、

そういうのってほとんどの場合、書き留めようとしても間に合わないし、これはごくまれなケース、今でももしかしたら、もっと長い曲だったのかもしれない、と思う時がある、

何とも単純で漠然とした歌詞だから、自分でも、何の意味だろうって考えながらずっと歌ってきた、こういう意味じゃないかと思い当たる時があったり、また違う時にはやっぱり違う意味かも、と思い直したりの繰り返し・・のような話。

書いた日は、正確には不明、でもコンテストに応募した日よりは大分前、とのことで、多分20才前後辺りの頃か、”書いた日”と言ってることからして、長い時間をかけて推敲、というより、

自身が語ってたように、やはりある時”ふと降りてきた”感じで出来たような印象。それって、才能、と言ってしまえばそれまでだけれど、

八神純子が、今「時代」の意味をやっと判って、歌詞の意味をかみ締めながら歌って、当時彼女(みゆきさん)は若かったけれど、色んなことを経験していたんだな、その思いをやっと私が歌えてるかなって・・

のように語ってたけれど、そういう風な、ある意味若くして、こういう”普遍的な悟りを開いた菩薩”的曲を創ってた、ミュージシャン、以前の人としての懐、というのも改めて。


私がこの歌詞で、特に引っ掛かる、というか、いいと思うのは、「旅を続ける人々は いつか故郷に出会う日を・・」で、故郷に「帰る」ではなく「出会う」という所。

様々な事情で、故郷に帰れない人々でも、前向きに歩き続けて(人生を続けて)いれば、自分にとっての別の故郷、桃源郷のような場所に行き着ける、のような、希望を与えられる、包容力を感じるから。


特定のシンガー版に触れてはいなかったけれど、カバー版については、本人は、娘を嫁がせるような気持ちで気が揉める、先様の家風に合って、気に入ってもらえるといいな、と願っている、のようなコメント。

今回の3人のカバー以外で知るのは、徳永英明版、もあったけれど、ふとこの曲を歌ってみて欲しい、と思ったのは、ユーミン。

一昔前なら、とてもミスマッチで考えられなかったけれど、時間を経て、互いに熟年ミュージシャンとして、一昨年末紅白で3・11復興の願いをこめて「春よ、来い」熱唱、の今のユーミンなら、この曲も似合う気がして。

そして、これもまあ実現可能性は低そうだけれど、みゆきさん版「春よ、来い」、も聞いてみたい。この2人が支援イベントで、この2曲をデュエット、のような夢のようなしみじみコラボが、何だか今なら想像出来なくはない気も。


そういう所で、普段改めて振り返る、という機会も余りないスタンダード曲、だけれど、今回の特集で、改めてこの曲の底知れぬ懐深さ、

またそれを若くして創って歌ってきた、私には個人的にちょっと特別な思い出、思い入れあるみゆきさんという人の懐、というのも改めて、という感慨の今回でした。

関連サイト:SONGS 第254回 中島みゆき
関連記事:遍路サヨナラCOLOR(’04)ガラスの使徒(つかい)(’06)間宮兄弟(’06)2/2(’05)SONGS 工藤静香(’07)SONGS 工藤静香(’08)宙船(’06)SONGS 加藤登紀子金環食中島みゆきLIVE&PV「歌姫 劇場版」(’12)

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<スレッドファイルリンク(ここでは「遍路」「ALWAYS 三丁目の夕日」「うた魂♪」)は開かない場合ありようです。>


  
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by MIEKOMISSLIM | 2013-04-13 01:02 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

春期講習終了・新入会

先週末で、今回の春期講習が終わりました。今回平常授業にプラス分は、私立中3女子数学60分×3回、高2男子英語90分×1回、小4男子算数90分×4回、国語90分×4回。


その小4男子は、この時期恒例で先月半ばに入れた新聞折込みチラシを見て、お母さんから問い合わせ、面談、体験授業を~とりあえず春期講習をやって、その流れで正式に入会、平常授業も算数・国語90分×週2回でスタート。

どうも、中学受験も意識で、近所の大手塾に行ったけれど、しばらくして辞めてしまって、チラシを見て、お父さんと、うちのような形態の所がいいのでは、ということになって、ということで、

志望校的には、難関W中学かW実業中学辺り、そうでなければ区立中でいい、という話、でも、当面は受験対策、というより基礎固めで、との希望。

まあ本人は、あっけらかんとしたタイプ、体験授業では、大手塾で使ってた四谷大塚テキストの、答えは出てるけれど、本人的には?だった問題をチェックする形で、算数をやったのだけれど、

久方の、区立小レベルとは段違い難易度の、平均やら公倍数やらの問題、勘の良さ的には、説明して飲み込めなくはないけれど、このレベルのでガンガン進んでて、やはりちょっとしんどかったようで、という感じ。

春期講習では、4年、また少し3年基礎復習をやって、たまにミスはするし、ちょっと図形は弱いようだけれど、特に基礎力に問題なく、まあ当面復習路線で、追々5年内容を前倒しでやっていければ、という所。

小テストやプリントでちょっとミスが多い時は「お母さんが爆発する・・」と苦笑い、小柄で茶目っ気あるタイプ。お母さんも、専業主婦らしいけれど、

春休み中も初旬は、その子とその弟を連れて、恒例らしい岩手へのボランティアに出向いてたり、活動的でサバサバしてて、お話はしやすい感じ。


あと3月半ばから、もう一人、私立中2女子が英語90分×週2回で入会。こちらは、お母さんが、少人数で出来る所を探してて、うちのHPを検索で見てくれて、やはり面談、体験授業を経て、平常授業でスタート。

HPを見ての問い合わせは、何回かあったけれど、実質入会は、確か以前のAOLの簡易HPで一人、以来。まあやはリニューアルのを作っておいて良かった、という所。

久方に、先の小4生も、この生徒も、体験授業最初から終わりまでそれぞれお母さんが脇で参観。まあ、入会前に自分でも内容を確かめてから、という気持ちの表れだと思うけれど、

小4生の方は、当初お母さんは60分か90分か迷ってたようだけれど、授業を見て、やはり60分では半端、と、自ら90分志願してくれて、

中2生のお母さんも、やはり納得で90分にしてくれたので、そういう分には見てもらって良かった、という所。


この中2女子は、2つの付属高校の内英語に力を入れてる方に進学希望、でも肝心の英語がやや弱く、1年の最初から復習希望で、今、1年次に使ってた教科書の半ば辺りまで、という所。

この子、中学のクラブにしては聞いたのは初めてだけど、ゴルフ部に入ってて、まあやはりあっけらかんとしたタイプ、英語は、昨年に英検3級は取ってるらしく、発音もいいし、そう単語力とか問題はないけれど、文法はやはりやや曖昧。

お母さんは、勉強に関しては厳しく、お父さん共、宿題を多めに希望、やっていかないと塾は辞めさせる、というスタンスだけれど、やはりサバサバしたムード。

母娘共々Kポップ、特に「東方神起」大ファン、また、これはその子だけだけれど「少女時代」も好きらしく、

先日帰りにいくつかその曲をホワイトボードに書いて、You tubeで聞いてみて下さい!というので、特にお勧めらしい東方神起の「I know」と、少女時代の「Mr. TAXI」というのは聞いてみて、

東方神起って、今にして初めてまじまじ、だったけれど、2人共どことなく、ジャニーズ系の面々より色気ある青年シンガー、という感じ。


入試直前~冬期~また春期講習で再び登場の、美術系私立中3女子は、春休みの学校からの復習計算プリント、そして少し高1教科書の最初の所の予習。

当初お母さんから、一旦4月以降も平常授業で数学週1で入会、の話だったけれど、高校になってからの、美術関連の課題の増加などもあって、

ミュージシャンのお父さんとの相談で、まあ経済的なこともあるし、月に2回位、という形は出来ないか?ということになって、と打診され、

それは今までしたことがないし、やはり最低週1回は来てもらって、月に4回、という形なので、4月は様子を見てみて、やはり必要なようなら5月に入会して、中間テストまでにその月の4回消化する、などにしてみたら、とお返事、当面そういうことに。


そして、春期講習も1回はしたのだけれど、新高3生としてはもう少し出来れば、という所だった高2男子。これまでずっと英語90分×週1回でやってきて、本人が挙げてる志望校も国立、私立とも難関のハイレベル。

やっと先月中学レベルからやってきた基礎固めから、高校の基本文法練習に入ったし、高3になるし、通常の流れで、もう少し授業を増やせないか、と本人、お母さんに打診してきて、

でも、現状第1志望校の2次に数学も必要で配点も英語と同じ、模試の点数も余りよくいし、と、大手塾で先月から数学も始めたそうで、それとの、お家で出せる授業料の兼ね合いで、なかなか決まらず、曖昧なまま。

ようやく3月末に、電話でお母さんと、ちょっと授業での本人との話とは違ったけれど、120分×週1回でとのことになって、

そのつもりでいたら、先日、4月最初の授業当日来るや否や、その日に大手塾で数学を多めに取ることが決まったので、やはり90分×週1回のままで、という話。

そういう風に当日、しかも親御さんの意志確認もなく、本人が切り出してくる、というのは、講師歴初めてで一瞬唖然、当然、どうも険悪なムードで、何だかんだ30分程言い合い、

結局、妥協案というか、その日は当日だし120分授業にして、次の生徒がくるまで延長して90分+最初話をしてた30分分は次回、その次から90分、ということに。


前にも話したけれど、正直、ここで高3生に90分×週1回で大学受験対策はしたことがない、とは再度断りは入れたのだけれど、したことがない、というのももってのほかで、何とかもっと時間を節約して出来ないか、という彼に、

板書内容など前もって準備するなどで、出来るだけはしてみるけれど、ということになって、本人は、親には話さなくていい、とは言ったけれど、やはりその夜お母さんとも電話で確認。

まあ思えば、この新学年度になって、基礎固めはしたので、受験対策は大手で、と、鞍替えされても仕方ない所が、先月、英語はうちだけででやることにした、と聞いて、

私立難関W大を滑り止めにしたいし、そういう対策をして欲しい、などとも言ってて、どこでもいいから中堅以上の所へ、という感じでもないし、

実質やtってきた宿題の合わしも結構溜まってるし、それならば当然授業数も多少なりとも増やしてもらって、という流れだったのだけれど、

正直、何だか、というか。その当日の、そういう流れもあってスピードアップの、やや急ぎ足でのミスしていた問題の文法や語句の解説も、どうも雑だったと思えるし。


本人は、大手塾の環境が目新しく気に入ってるようで、まあそういうことって起こることで、やるだけやってて、目移りされるのは仕方ない、のだけれど、

もう1つ引っ掛かるのは、まさに4月最初の当日、授業になっての変更、という点。これまでも、基本的には当日欠席は振り替えなし、が建前だけれど、この生徒も、クラブの仲間と遠くに出掛けて戻ってこれないので、とか、

学校の試験期間中、忙しないので今日は1時間にして、次回2時間に、とか細かいことは、折に当日でも変更、お母さんにも言っておいてね、とはその都度言っても、特にその確認はしてなくて、

そういう延長の感覚、なのだと思うけれど、今回は、さすがに、3月から折々打診してきて、ようやく決まった方向から、また話が違ってるし、

そういう変更は、君でもお母さんでもいいけれど、せめて前の晩までに言ってくれない!?とちょっと声を荒げざるを得なかった。


そういう当日欠席変更、主に欠席への神経、というのは、やはり生徒、親御さん共それぞれ。自営でやり出してから、病気や学校行事などでこれない時はOK、にしてるし、実質それ意外の理由でも、連絡さえくれれば振り替えないことは、めったにないのだけれど、

なるべく避けてくれて、どうにも、という時は、こちらの事情だし振り替えはしなくていいです、と恐縮してくれる人もいれれば、結構、まあ悪気はないのだけれど、どんな理由であれ、振り替えは当然、というスタンスの人も。


この高2生は、当日急に長くしてくれ、というのは困るけれど、短くする分には支障ないんじゃないですか?とか、こちらの心境には無頓着、

それに対しては、実質、次の授業の子が、春休みだし、出来るんなら早めて欲しい、と聞いてたし、もし君が90分授業のままだったら、30分早められたし、春期講習という形で増やしたかもしれないし、というように話したけれど、

他の塾でも当日欠席とか出来ますよ、とか、悪びれる様子も余りなく、まあ、普段もそう振り替えもなくコンスタントに来てて、根は悪い子ではないのだけれど、

何だか今風の子というのか?英語に関しても、やってる内容についても、斜に構えたような言い方をする時はあるタイプ。

私もいつになく理不尽さに対する不快感露わ、というのも察してか、その日の分は120分で、ということにはなったのだけれど、

お母さんとの電話でも、お家的に率直な塾代への事情を聞いたり、18才だし本人の意志もあるし、のようなことや、

私からは授業の説明内容の凝縮は難しい、まだやや中学レベルも怪しい所があるし、志望ラインは高いし、のようなことが中心で、はっきりとは言いかね、終わり頃、その日の分は120分で、というのに、特に異存は聞かなかったのだけれど。


先日から、やはりこういうことは、もう少しはっきり親御さんにも伝えておかないと、とも思って、入会時に渡した注意事項の当日の変更の所関連で、と添えて、

>入会時決定の、又は面談、電話、書面等で御父兄とご相談、同意の上で変更した平常授業時間数・回数・科目の再変更は、授業当日の前日までに、御父兄からのその旨ご連絡、又はご父兄と確認が取れた場合に限り、致します。<

のようなことは、書面にして、渡しておこうと思う。それと、まあ矛盾を突かれて売り言葉に買い言葉、ではないだろうけれど、

以前から、赤本は置いてるし、前に私がW大受験対策はしたことある、というのは知ってて、本人から、自分でW大対策をして欲しい、と言っておきながら、大手塾の有名講師と比べて、というつもりはあったかなかったか?だけれど、

実際私の受験生指導歴って?と訝るような節も見えたので、田舎での学習塾歴から遡った、大学受験指導歴、というのも、ざっと挙げられるだけ挙げて書面にして渡しておこうと思う。とりあえずそうしよう、と思ったら、モヤモヤしてたのが多少スッキリ。


多分その生徒にしても、うちに対して、聞きたいことをすぐ聞けるし、時間も融通効くのは都合いい、とは思いつつ、苦手分野について突っ込まれたり親に話されるのもうっとおしい、のような節も垣間見えるのだけれど、

とりあえず引っ掛かる事は伝えて、その上で、出来る範囲でベストを尽くして、離れていくなら仕方ないし、色んな意味で、コマ数が減るのは好ましくないけれど、お金に代えられない部分もある、というのも正直な所だし、私にとってもその方がいいだろうと。


まあそういう所で、ちょっと気になる受験生、との摩擦はあるのだけれど、その他は特に問題なく、まあ新入会が2人、今の所スムーズで定着しそうで、プラスマイナス半々、というこの新学年度スタート期です。


4/15追記:その後、その高3生には、授業の時に上記のような紙面を渡して、その旨話して、特にそれに対しては異議はないようで、今の所第1志望の国立Y大学赤本を持参、「見ておいて下さい」、とか、まあこの生徒らしいというのか、で、

お母さんも、紙面での内容に、常識的な事、と納得、「本人には、世の中には決まり事があるんだから、と言い聞かせましたので・・」と、まあ一件落着、という所でした。

関連サイト:個人学習会 高円寺教室
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      <先日親御さんから頂いたチョコの箱>

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by MIEKOMISSLIM | 2013-04-10 00:43 | 仕事 | Trackback | Comments(0)