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’09年1月末AOL映画掲示板、ブログが終了、気分新たにマイペースで、音楽・芸術鑑賞、ユーミン関連、読書、英検1級対策、グルメ、仕事等含めて書いてます。英検は’11年11月に無事合格達成出来ました!

by MIEKOMISSLIM

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長崎の物産展

先週日曜21日、損保ジャパン日本興亜美術館で母と「ユトリロとヴァラドン 母と子の物語」展を見た後、同じ西新宿で小田急新宿店に移動、17日~23日までやっていた長崎物産展に寄ってちゃんぽんとソフトを食べてきました。


イートインは長崎中華街「蘇州林」のちゃんぽんと、佐世保の「レストラン蜂の家」のレモンステーキセット、ちゃんぽんの方に、ということにはなったのだけれど、

メニューはちゃんぽんのみで、一品料理的なものもなし、どうもおつりの出ない商品券での支払いがやや半端、200円余りながら捨てになるので、

同じ店舗の脇の持ち帰り販売コーナーのを何か買って、お勘定を一緒にしてもらえるのか?店の人に聞いたらOKだそうで、

a0116217_2212428.jpgとりあえず一番安い216円の「月餅」という饅頭のミックス味(→)を選んだら取っておいてくれて、

イートインの列に20分位並んで、注文+レジ順番が回って着た時に、もらって支払い。

これは後日一応母と食べて、この小ぶりさでこの値段の和菓子って、余り普段縁がなく、正直それ程の価値が?とは思うけれど、

これは中華菓子として有名らしく、このミックス味版には小豆あんの中にクルミ・ナツメ・カシュナッツ・ゴマ・リンゴ・レーズンなど入ってたようで、まあ銘菓と思いながら食べたら、そうしつこくなく品いい甘さ、という感じ。


ちゃんぽんは、大分前確かやはり新宿での物産展で食べた覚えはあって、それ以来。

前のブログ記事で見てみたら、5年前にやはり小田急での福岡・長崎の物産展で今回と同じ店「蘇州林」で、母がちゃんぽんにして私は皿うどんにしていたのだった、と。

私は正直、麺についてはもう少しコシがある方がいいし、やっぱりラーメンの方が歯応えある、とは思ったけれど、

見た目も楽しい魚介や野菜の様々な具材のバラエティと、あっさりタイプではあるけれど、コクあるスープはなかなか美味。

母も、多分前に同じものを食べたのは覚えてなかったようで、やはり歯の具合でイカ、キクラゲは噛み切れなかったようだけれど、スープも飲み干して、こんなに最後まで食べきったのは久方、と、今回も満足だったようで。

a0116217_2313322.jpgその後、長崎中華街「老季(ラオリー)」で2人共「杏仁マンゴーソフト」(←)をデザートに。

普通の「杏仁ソフト」もあったけれど、やはり商品券の半端の関係もあったしこちらにして、

口当たりいい杏仁豆腐風味クリームと、マンゴーの実、ソースの酸味がミックスで、これも結構満足。

後でここは台湾料理店と判って、さすがに中華街の店だけあって中国風デザートだったのだった、と。


そういう所で、今回割と近場新宿で、ユトリロとヴァラドン展~物産展で視覚+味覚満足の半日でした。

関連サイト:新宿小田急で「長崎の物産展」depachika.comサイト長崎中華街 蘇州林 サイト老季 サイト
関連記事:フランス展/福岡・長崎展/パリ・モンパルナスに集う画家たち展桜さくらサクラ2009ルーヴル美術館展 美の宮殿の子供たち/北陸三県の物産展夏の大九州展秋の大北海道展秋の北海道展/イタリア展東西有名寿司と全国うまいもの大会/おめざファア九州・沖縄の物産展大北海道展秋田県とみちのく物産展(’10)冬の北海道物産展福井の羽二重餅とおかき/過去問大北海道展四国・山陽の観光と物産展にっぽん味めぐり/ぐるり全国味と技ルノワール~伝統と革新/味百選春の大北海道展/井の頭公園の桜福岡・長崎の物産展沖縄展築地の粋な味めぐり展大阪ええもん・うまいもん市大沖縄展九州・沖縄の物産展夏の大九州展秋の大北海道展大北海道展/秋の北海道物産展東西有名寿司と全国うまいもの大会秋田県とみちのく物産展(’11)福井県 若狭と越前の物産と観光展春の大北海道展四国・山陽の観光と物産展秋田県とみちのく物産展とスパ浅草ROXまつり湯九州・沖縄の物産展大北海道展春の大北海道展初夏の大北海道展

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           <ちゃんぽん>

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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-28 23:16 | グルメ | Trackback | Comments(0)
昨日21日(日)、今週末まで損保ジャパン日本興亜美術館でやっている、ユトリロとその母ヴァラトン展に母と行ってきました。


a0116217_20444885.jpgここは結構ご無沙汰、損保ジャパン東郷青児美術館だったのが、

いつのまにか東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館に名が変わったようだけど、5年前やはりユトリロ展に行って以来。<→チラシ裏>

久方の高層42Fからの眺め、昨年末上ったスカイツリーの姿も。

今回、ユトリロ作品とヴァラトン作品約40点ずつ4章に分けての展示で、ユトリロの日本初公開作品がある、というのもさることながら、

注目は私は初見の、今回半数を占める母のヴァラトン作品。



a0116217_21203227.jpgユトリロの母が、ルノワールやロートレックの絵のモデルをしていて、ルノワールの「都会のダンス」(←カード)の女性だったり、

ユトリロは私生児だったけれど、ルノワールが父親説?!があったり、自らも割と名の知られた画家だった、というのは知ってたのだけれど、

ルノワール父子ではないけれど、こういう風に時を経て超メジャーな息子と並んで同数作品の展示、

しかも本人の生誕150年記念、というサブタイトルつきでの展示会、という程に有名だった、というのは今にして。


入口の人物相関図で、ヴァラドンは、ルノワールやロートレックとの関係以外にも、ドガから絵画を教わったり、エリック・サティとも恋愛関係だったり、実業家と結婚したけれど別れ、

ユトリロには同じ年代の義父がいた、というのは聞き覚えあったけれど、それが元々ユトリロの友人の画家のユッテルで、彼とヴァラトンが恋に落ちて再婚、

母に友を奪われた、だったか、友に母を奪われた、だったか、というようなこともあって、ユトリロがアルコール依存症になった、などの経緯がざっと判って、なかなか波乱万丈な母子画家だったのだ、と改めて。

第1章「ヴァラドンとユトリロ、ふたりの芸術家の誕生」では、少年時のユトリロを描いたヴァラドン作品、などもあるのだけれど。


ヴァラドン作品で一番インパクトだったのは、私も母もカードを買った「コルト通り12番地、モンマルトル」(↓カード)

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ヴァラドンはユトリロとは違い風景画よりも人物画中心、というのも覚えあったけれど、画風も全く息子とは違って、明るくメリハリのある色彩、

何だかもしマティスやゴーギャンの母としたら、なるほどさすがに血筋、と納得、というような感じ。

「コルト通り・・」は風景ではあるけれど、鮮やかな緑~黄の変化でのダイナミックな樹木の躍動感あって目をひかれた1枚。


その他ヴァラドンのでカードを買ったのは「小さなテーブルに置かれた花束」(↓)、これも静物画ではあるけれど、

同じ花瓶+花でも、今回あったユトリロの控えめな色調の「青い花瓶の中の花束」や「すずらんの花束」とは真逆の華々しさ。

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あとヴァラドン静物画では、もう少し抑えた色彩だけれど「花瓶の中のリラの花束」も好感。


6/23追記:ユトリロ作品は、久方にやはり楚々とした独特の風味、どれが特にインパクト、というのは特にないけれど、後でカードを買ったのは、白の時代のでは「ノルヴァン通り、モンマルトル」(↓)、

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a0116217_0182151.jpgこれは、もしかして手元にカードがあるような、と思いつつ、だったのだけれど、

後で確かめたら、すでに持っていたのは別物の「サン=リュスティク通り」(→カード)という絵で、

おそらく中央の丸屋根のは同じ建物っぽく、構図も似てるけれど、

「ノルヴァン通り・・」よりは5~7年位後年、白の時代が終わった後の作品だった、と。



この丸屋根の建物、そして「ノルヴァン通り・・」でのその左側の塔は、母がカードを買ってた「サン=ピエール教会とサクレ=クール寺院、モンマルトル」(↓)にも見られて、

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どうやら、左のがサン・ピエール教会、右のがサクレ・クレール寺院のようで。


6/24追記:その他カードを買ったのは、ユトリロ色彩の時代の「モンマルトルのラパン・アジル」(↓)。やはり白の時代のものにはない明るい色彩、その中でも、何だか見る者を和ませるような軽やかなタッチ。

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そういう所で、私はほぼ5年ぶりだったユトリロ展+初見のヴァラドン作品のコラボ、ヴァラドンが女性、画家として結構奔放、エネルギッシュな活動ぶりだったことや、

それゆえに若いユッテルとの恋がユトリロのメンタル面にも影響したらしい、2人の人生模様とか、そういう面もあってか?親子でありながら見事に対照的な作風など、なかなか見応えで面白い今回の構成でした。

関連サイト:損保ジャパン日本興亜美術館サイト 「ユトリロとヴァラドン 母と子の物語ースュザンヌ。ヴァラトン西端150年ーFASHION PRESSサイト 「ユトリロとヴァラドン―母と子の物語」展、東京・新宿で開催 - 日本初公開作品含む約80作品
関連記事:大エルミタージュ美術館展モーリス・ユトリロ展フィラデルフィア美術館展ルノワール+ルノワール 2人の天才が愛した女性ユトリロ版画展芸術都市パリの100年展モーリス・ユトリロ展 パリを愛した孤独な画家印象派はお好きですか?ザ・コレクション・ヴィンタトゥールセーヌの流れに沿って 印象派と日本人画家たちの旅

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            <チラシ表>

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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-22 21:43 | 芸術 | Trackback | Comments(0)
一昨年の年頭から、ふと思いついて読み直しを始めた「赤毛のアン」シリーズ、先日で一通り12冊の文庫読了しました。


手元にあった「赤毛のアン」「アンの青春」に始まって(<(C)(株)新潮社↓>)、

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その後は「アンの愛情」「アンの友達」「アンの幸福」「アンの夢の家」「炉辺荘のアン」「アンをめぐる人々」「虹の谷のアン」は図書館ので、「アンの娘リラ」は手元にあったもの、

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最後の「アンの想い出の日々」上下巻は村岡花子の孫村岡美枝の翻訳、その他は全て村岡花子翻訳の新潮社版で。

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偶然昨年のNHK朝ドラで、村岡花子題材の「花子とアン」も放映、その元になった、村岡花子の娘、村岡理恵著の「アンのゆりかごー村岡花子の生涯ー」なども挟んで、寝る前に少しずつボツボツ辿ってきて、ついに終わりまで。

最初の2冊はやはり馴染み感、その後のは、一度は通ったものもあったと思うのだけれど、手元の「アンの娘リラ」含めてどうも記憶が定かでなく、今回初のものもあったかも知れず、完全に初だったのは、その存在を今にして知った「アンの想い出の日々」。


やはり懐かしさ+ギルバートとの間に6人の子供を持つアンのその後の生活、最後の方では孫まで出現、少女期の夢見がちな性質も保ちつつ、それなりに日々の生活を営んでいく様子、

最初の子供を生まれてすぐ病で、また否応ない戦争で息子を亡くしてしまったり、現実に打ちひしがれる、という、「アン」イメージからは想像つきにくいややシビアな展開もあったり、

その中でもやや特異なのは「アンの娘リラ」で、第一次世界大戦にカナダも巻き込まれ、本土が攻撃を受けたり、ということはないけれど、若者達が出兵を余儀なくされ、

アン一家も2人の息子、リラの恋人などが出兵、現実にさらされ、人々の高揚や不安など揺れ動く心情が描かれている1冊。


また「アンの想い出の日々」も、構成的には、シリーズに見られるパターンの、アン一家に多少なりとも繋がりある人々題材の短編集、なのだけれど、

折々に、アンや、詩の才覚があった戦死した息子ウォルターの詩+それについてのアン一家のメンバーの短い感想や思い、会話などが挟まれている、というのが特徴。

この後書きで、モンゴメリは後年精神的に落ち込むことが多かった、また近年になって、その死因が薬の服用で、自殺の可能性があると公表された、などとあって、それは初耳。

「アンの想い出の・・」は、’42年のモンゴメリの詩の当日に持ち込まれていた、そうで、ウォルターの詩にちなんでその悲しみがしんみり語られる以外は、特に直接戦争に関わる話はなく、

戦争の影と、モンゴメリの精神状態不安定というのが、どう関連あったのかなかったのか?だけれど、シリーズ終盤後年のアンの心情の記述には、やはり生活の中で色々あった中、強い感受性ゆえに辛い部分も見受けられる、という感じ。

これはやはり、序盤のアンシリーズだけだと、溌剌とした少女~信頼し合えるギルバートと家庭を持った女性への成長の物語、止まりで、終盤まで通らなければ知ることもなかった”その後のアン”だったのだけれど、

トータル的には、モンゴメリのアン一家、その周りの人々を、その背景の豊かな自然と共に描いた短編的な物語それぞれが、日常の中の喜び、悲しみ、恋、噂、意地の張り合い、思い込み、誤解、和解、ユーモア、

誰にも顧みられることなく死にゆく老人の、豊かな思い出の数々、など人生の機微的にじんわり味わいあって、飽きが来ない、というか、読み進めていても定番的な安心感、という感じ。


そういう所で、約1年半がかりでのアンシリーズ再読・読破、プリンス・エドワード島の風物含めて懐かしさもあり、”その後の大人のアン”も改めて、

+周囲の人々のそれぞれの人生、それぞれの短い物語の趣もあって、いぶし銀的味わいの楽しみ終了ですけれど、

今後折を見て、いっそモンゴメリのアン以外のもので、エミリーシリーズ(再読)などもボチボチ辿ってみようか、とも思ってます。

関連サイト:Amazon 「赤毛のアン」 「アンの青春」 「アンの愛情」「アンの友達」「アンの幸福」「アンの夢の家」「炉辺荘のアン」「アンをめぐる人々」「虹の谷のアン」「アンの娘リラ」「アンの想い出の日々<上>」<下>
関連記事:アンを探して(’09)SONGS 絢香&「花子とアン」アンのゆりかごー村岡花子の生涯ー / 村岡恵理(’08)

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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-17 23:31 | | Trackback | Comments(0)
気になっていながら未見だった作品のDVD鑑賞期間、一応今回締めは「ノルウェイの森」を見ました。


a0116217_0154933.jpgやはり今まで読んだ村上春樹の中で、脳裏に残る一冊を挙げるとしたら、この原作<(C)(株)講談社→>だし、

その映像化、というのは公開当時も気にはなったのだけれど、

ナイーブな内容がどう映像化?と、ちょっと見るのも怖い、という感じもあったり、結局未見のままだったので、この折に、とチョイス。

どうも原作自体もやや記憶薄れてたし、どうせならこの機会に復習・予習がてらに、と思って久方に例の赤・緑の単行本を取り出して、最初と最後の方だけでもざっと、と思って読み始めたら、

随分久方、村上春樹ってこんなだったっけ?という読み易い文体にも引き入れられて、やや前後はしたけれど、ほとんど一通り読了。

そう、こういう空気感、流れだった、というのは蘇ったのだけれど、ここまで突っ込んだエピソードもあったのだった、という再認識部分も。


a0116217_0183077.jpgで、いざ本作を見始めたら、やはりこれは、原作を読んでいる観客対象作品、かつ創り手側の原作へのオマージュ、という色濃い感じ、

もし原作未体験でこれを見たらどう受け取るのか? 原作に忠実な各登場人物の科白も、原作の下敷きなしに聞くと、どう聞こえるのか?

ちょっと想像つかない、というのが正直な所。<←(C)ソニー・ピクチャーズエンタテインメント>

大幅な独自展開、という部分もなく、やはり細部割愛エピソードも色々あって、まあ長編「ノルウェイの森」村上ワールドのダイジェスト映像化版、と思えばこういう所なのかも、という、トータル的に可もなく不可もなく、という後味。


ただ、一番インパクト残ったのは、唯一原作にはなかった、ワタナベ(松山ケンイチ)と直子(菊池凛子)の緊迫シーン。

施設に2度目に会いに行ったワタナベに、直子が、何故自分のような者にかまうのか、放っておいてほしい、あなたの存在が私を苦しめるのが、どうして判らないの!?と、思いを吐き出して号泣、

必死に彼女を抱きとめるワタナベ、という、最後になってしまったこの2人の逢瀬の1シーン、原作ではずっと穏やかなままのやり取りだったけれど、

直子の内部に積もっていた行き場のない感情が噴出、という展開にしたのは、やはり映像化ならでは、で、ある意味、ここが、原作から踏み込んだプラスα的な描写2か所の一つで、

取り方は様々かもしれないけれど、それなりに意義を感じた、というか、この部分がなかったら、もしかして、この作品への後味はもっと低評価感、だったかも。


6/13追記:配役的には、ワタナベ=松山ケンイチというのは、まあ見てみたら、松ケンの草食青年っぽさがワタナベのサラッとしたマイペース感に、それなりにフィット、

直子=菊地凛子、というのは、原作での儚げな直子よりもやや線太感、だったけれど、この人なりの直子像を見せた、という感じ。

緑=水原希子は、モデル畑のスタイルの良さで長身、科白は原作通りの天衣無縫さ、の割に、話し方があえてそういう演出だったのか?何だか直子モードで、もう少し弾けたタイプでも良かった気も。

一番原作人物と違和感なかったのは、というと、クールな変人永沢=玉山鉄二かも。そして次に、そう出番が多かった訳ではないけれど、その永沢の恋人ハツミ=初音映莉子。

この初音映莉子は、見てた中では「マナに抱かれて」に出てたのだったけれど、名前も初耳、原作中ワタナベが、永沢があえて恋人にしている女性として納得の魅力、というのが、

登場した時から漂うような、華、受けのソフト、純粋さミックスで、映像化としたら、こういう女優化も、と思えたり。

その他、主な人物ではレイコ=霧島れいか、というのは、原作での一見普通の中年女性、でも深みあるイメージ、よりはオーソドックスな美人型、だったけれど、まあ特に浮いて、という訳でもなく、

やはり原作より結構出番は端折られてた、ワタナベの量の同室の”突撃隊”=柄本時生、というのも、イメージ的には合ってた印象。

あと、ワタナベのバイト先の店主にさり気なく細野晴臣!とか、直子の施設、阿美寮の門番に高橋幸宏とか、彼らは特にこの作品の音楽に関わったという訳ではないようだけれど、豪華なカメオ出演陣。


6/14追記:背景で印象的だったのは、やはり阿美寮周辺、原作だと京都奥地の高原地、ロケ地は兵庫県の峰山高原と砥峰高原らしいけれど、一見ヨーロッパの何処か?かとも思う緑の広がり。

ここは直子の心象風景的な場所、としても、原作イメージを損ねることもなく、良かったと思うスポット。

     

最初のワタナベの訪問時、直子が、以前ワタナベから問われた、何故キズキ(高良健吾)と関係を持たなかったのか?という疑問に答えようとする場面、

原作ではレイコもいる部屋の中で、のことで、その苦悩を告白した直後不安定状態に陥ってしまって、しばらくワタナベは席を外す、という流れだったけれど、

劇中では、2人が早朝の高原を歩きながらその問答、という風にアレンジされてて、心情を吐き出しながら足早で歩く直子を追いかけるワタナベ、

最後に感情が高ぶって、キズキに先立たれた苦悩の叫びをあげる直子、なすすべもなくそれを鎮めようとするワタナベ、という所も、

前途の私の一番のインパクトシーン、2度目の訪問時の2人の緊迫シーンと共に、ここら辺も映像化ならではの、直子の内面の、より露わな描写、だったかと思うのだけれど。

     

まあ序盤から、ワタナベの大学生活の描写の中に、原作にもあるように、60年代後半らしい学園闘争シーンが折々あって、原作では物語のトーン自体のせいもあってかそれ程過激な印象はなかったけれど、

やはり忠実な映像化だと、そういう”動的”背景も露わになって、その中で、直子の心情表現も、原作のような抑えたトーン、というのから踏み込んで、より普遍的に、判り易くしてたような、というか。


これを手掛けたトラン・アン・ユン監督作では、前に放映のあった「青いパパイヤの香り」を見ていて、映像が綺麗だった感触はあるのだけれど、やや記憶薄れてて、

自分の感想を見直したら、まったりとした芸術っぽい作品、という後味だったようだけれど、このベストセラー小説映像化にあたって、映像美も意識しつつ、

テーマ的には、余り原作の中傷的なエキスに重点をおいて芸術作品、にするのでなく、登場人物の言動、割と明け透けに語られ展開する性の問題、なども割と忠実に追って、

一般的に判り易くしようとした、ある意味冒険は侵さず、オーソドックスに映像化を試みた、という感じ。


あと、改めてこのタイトルの、ビートルズ「ノルウェイの森」、今にして、だけれど、歌詞を追ってみたら、馴染みの牧歌的なメロディに乗せて、寓話風だけれど、物語絡みとしてやや意味深な、という内容だったおだった、と。

    

    


今こうして、映像化での「ノルウェイの森」再体験して、原作を読んだ当時は、ワタナベは直子を失ったけれど、半ばすがるように、にしても緑と生きる、という「生」(せい)を選んだ、という決着、という落ち着き所、だったのだけれど、

原作冒頭の37才時からの回顧シーンからしても、ワタナベは、直子やキズキが引き入れられた「死」には踏み込まず、「生」ワールドに健在、というのは確かで、

でも思えばそこに、回想の締めでもあるラストでは紆余曲折の末ハッピーエンドに思えた恋、緑の存在は描かれておらず、彼女がその後の彼の健在の支えになってきたのか、それともその後、離れてしまったのか?不明、

一旦「死は正の対象としてではなく、その一部として存在している」という”空気のかたまり”のようなものを10代にして実感してしまったワタナベと、

ナイーブさもありながら基本的に「生」を前提とするエネルギーを持つ緑との顛末は、果たして如何に?というようなことも改めて思ってたり、

どちらにしても、時折そういう切ない回顧に襲われながら、まあ日常生活は飄々と行っている、というのが妥当かも、とは思うのだけれど。


そういう所で、久方に、本置き場に埋もれていた原作含めて、映像化「ノルウェイの森」での復習、トータル後味的には前述のように可もなく不可もなく、ではあるけれど、それなりにこの映像化意義、を感じられた部分もあったり、

ある種読み易くサラサラした手触り感の奥の、コリッとした苦みある”切なさの塊”的赤・緑本、村上春樹ワールド再体験、というこの鑑賞でした。

関連サイト:ノルウェイの森 公式サイトAmazon 「ノルウェイの森」象のロケット 「ノルウェイの森」
関連記事:トニー滝谷(’04)青いパパイヤの香り(’93)

NANA(’05)男たちの大和 YAMATO(’05)ユメ十夜(’07)(「市川崑物語」スレッドの10)、蒼き狼 地果て海尽きるまで(’07)神童(’07)ドルフィンブルーフジ、もういちど宙へ((’07)僕たち急行 A列車で行こう(’12)春を背負って(’14)理由(’04)バベル(’06)恋に唄えば♪(’02)地下鉄に乗って(’06)犬神家の一族(’06)(「市川崑物語」スレッドの9)、サッド ヴァケイション(’07)BANDAGE(’10)ソラニン(’10)まはろ駅前多田便利軒(’11)運命じゃない人(’05)マナに抱かれて(’03)テニスの王子様(’06)あしたの私のつくり方(’07)ホームレス中学生(’08)時をかける少女(’10)プレミアム10 YMOからHASへ音楽のチカラ「青春の言葉 風街の歌 作詞家 松本隆の40年」 松本隆に捧ぐー風街DNA-(’10)追悼・大瀧詠一~朝 / はっぴいえんど(’70)ETV特集 細野晴臣 音楽の軌跡~ミュージシャンが向き合った「3.11」~MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~<1><2>クリスマスの約束(’14)名盤ドキュメント はっぴいえんど「風街ろまん」('71)~“日本語ロックの金字塔”はどう生まれたのか?~うみ・そら・さんごのいいつたえ(’91)あおげば尊し(’08)ー追悼・市川準監督ー


  
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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-11 00:23 | 本・邦画 | Trackback(1) | Comments(0)
先日レンタルサイトで、キーワード荒井由実や松任谷由実で検索してて出てきたDVDの一つ、DRAMA&LIVE「あの頃のまま」を見ました。

’08年5月13日~18日銀座の博品館劇場での舞台、ユーミン提供のブレバタ曲「あの頃のまま」をモチーフにしたライブと演劇のミックス公演のDVD化で、こういう催しがあったこと自体今にして初耳でちょっと驚き。


a0116217_0312068.jpgブレバタは、近年余り名は聞かないけれど、結録アルバム録音も手元にある馴染みの好きなデュオだったし、「あの頃のまま」も好み曲、

2人もステージで「あの頃のまま」その他の曲を披露、とのことで、これは見ることに決定。<(C)DefSTAR RECORDS>


小池竹見という人が脚本・演出、主演は「あの頃のまま」の歌詞の、”他愛ない夢なんてとっくに切り捨てた”ネクタイ姿の男コウタ役が寺泉憲、”夢を捨てきれない”男タダミチが井上純一、

それぞれの青年時代を、この公演の年に活動中止したらしい、兄弟デュオ平川地一丁目の兄、林隆一郎と弟直次郎、一旦彼らとカフェを開く夢を持つマドンナ的女性マリエ役が藤澤志帆など。

構成は、物語がすすみながら、折々にシーンにフィットした曲をブレバタが歌ったり、ユーミンの帝劇のラフなブレバタ版、という感じもあるけれど、

違うのは、ブレバタが自曲だけでなく「春夏秋冬」や洋楽カバー曲も歌ったり、平川地一丁目や他の出演者も、舞台のカフェでの劇中歌としてなど、何曲か歌ったり、

ユーミン帝劇は、割と歌は歌、芝居は芝居コーナー、という風だったけれど、こちらは歌の間にも出演者たちの動きがあったり、

また常にステージの後方にブレバタとバックミュージシャン達がいてスタンバイ状態、ブレバタの2人もたまに劇に参加したり、まあ舞台が音楽カフェ、という設定もあるけれど、歌と劇のミックス具合がより自然、という感じ。

「あの頃のまま」自体、何か普遍的な人生観の切り口、サビの「For yourself For yourself そらさないでおくれ その瞳を 人は自分を生きてゆくのだから」

「For myself For myself 幸せの形にとらわれずに 人は自分を生きてゆくのだから」という部分が、ユーミン作品の中でも特に、他人への懐ある眼差し、のような感触がして印象的、引っ掛かりあるスタンダード曲なのだけれど、

友情・三角関係風にやや縺れた恋愛を絡めて、こういう風な物語に成りえるものだな、と改めて感慨。

また、さすがにやはり歳は取った、という風貌ではあるけれど、柔らかなファニーボイス健在のブレバタの2人の歌声、楽曲がフィットして、思ったより見応え+聞き応え。


曲リストは、

1.あの頃のまま (ブレッド&バター)
2.海岸へおいでよ (ブレッド&バター)
3.春夏秋冬 (ブレッド&バター)
4.Route 66 (寺泉 憲)
5.The Sound Of Silence (平川地一丁目)
6.渚に行こう (平川地一丁目/藤澤志帆)
7.Happier Than The Morning Sun (ブレッド&バター)
8.マリエ (ブレッド&バター)
9.Summer Breeze (ブレッド&バター)
10.The Loco-Motion (ブレッド&バター)
11.Pink Shadow (ブレッド&バター)
12.The Sound Of Silence (ブレッド&バター)
13.マリエ (ブレッド&バター)
14.あの頃のまま (平川地一丁目)
15.あの頃のまま (ブレッド&バター/平川地一丁目)
16.桜の隠す別れ道 (平川地一丁目/ブレッド&バター)
17.湘南ガール (ブレッド&バター/平川地一丁目)
18.特別な気持ちで (「あの頃のまま」オールスターズ)


一番インパクト、といえばやはりメイン曲、久方に聞く「あの頃のまま」。



また、このテンポアップした平川地一丁目バージョンもあって、元々カバーしてたようで、だけれど、これはやはり本家版の方が、しみじみ味わい深いものが。




次は、懐かしいブレバタ曲、平川地一丁目と藤澤志帆が歌った「渚へ行こう」。You tubeにはブレバタ版見当たらず、この時の劇中バージョンが。




それと、やはり懐かしいブレバタ曲「Pnk Shadow」。




また、歌詞の「サイモン&ガーファンクル 久しぶりに聞く」に忠実に、ブレバタ版と平川地一丁目版で歌った「The Sound of Silence」。

2人の青年時代の設定は’60年後半~70年代初頭のようで、2人とマリエとの会話で映画「卒業」の話も出てたり。先日「靴職人と魔法のミシン」に出てたダスティン・ホフマンもまだ若かった。




あと、アンコール演奏最後、ブレバタ中心で全員登場で合唱、日本語歌詞混りのスティービー・ワンダーの「特別な気持ちで」(「I Just Called To Say I Love You」)。

まあブレバタ曲ではないけれど、これがユーミン帝劇での「卒業写真」のような、出演者達皆含めて、アットホーム&ハートウォーミングな、公演の締め、という感じ。





とにかく久方に姿を見たブレバタの2人は、正直風貌は今や、一見そこらにいそうな高齢者ムード、佇まいもざっくばらんで、弟のニ弓氏など、どうも誰かに似てる、と思ってて、

近所の、たまに挨拶する母のアパートにいる大家さんの弟さんに間違えそうな、だけれど、いざギターを抱えて歌いだすと、2人共さすがに「ブレッド&バター」の美声。

平川地一丁目は、今回初耳、ルックスがイケメン風なのは兄でそのボーカル、2人のハーモニーも結構聞かせるものが。とは思ったけれど、今は活動してないようで。

その他どの出演者も、歌は達者、ダンスで見せたり、だったけれど、出演者名のなかでちょっと気になったのは「葛城ゆき」で、考えられるのは、カフェブレッド&バターのママ役の女性、だけれど、

この人って、あの「ボヘミアン」などの「葛城ユキ」と同一人物?!なのか、別人なのか?その風貌、少し聞いた歌声ではどうも判別つかず。


あとバックミュージシャン達は、ブレバタのように劇に直に参加、ということはなかったれど、ギター鈴木茂、ドラムス林立夫など、さり気なく豪華メンバー。ラストの「特別な・・」では、特別ゲストなのか?正やんの姿も。

こういうバックでの、ブレバタライブに、+「あの頃のまま」劇がついたステージ、と思っても、それなりに見応えだったと思うけれど、

劇自体も、やや現実と過去、ブレッド&バターカフェと3人が夢見たカフェ「セシリア」が混在のカオス状態?ではあったけれど、時空を超えたピュアな友情・愛情エキスで、終わってみれば、それなりに良かった、という感じ。

ユーミン帝劇でも、こういう、1曲をモチーフにして、劇中展開に応じて他曲も、というのも有りかも、で、いざどの1曲?というと、難しいかもしれないけれど。

でも、こちらは解散してしまってるけれど、バンバン復活で、この「いちご白書をもう一度」版、とか、中~高齢層には特にノスタルジー的アピールはあるんじゃないかと思ったり。


そういう所で、思ったよりもブレバタ健在ぶりでの音楽、演劇ファクター、そのミックス具合、やや切ないけれど「あの頃のまま」の持つ懐、というのも改めて、という作品でした。

関連サイト:Amazon DRAMA&LIVE あの頃のまま」
関連記事:サヨナラCOLOR(’04)音楽のチカラ「青春の言葉 風街の歌 作詞家 松本隆の40年」 松任谷由実 デビュー40周年 はてない夢の旅MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~<1><2>追悼・大瀧詠一~朝 / はっぴいえんど(’70)名盤ドキュメント はっぴいえんど「風街ろまん」('71)~“日本語ロックの金字塔”はどう生まれたのか?~

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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-07 00:59 | 音楽・演劇 | Trackback | Comments(0)
気になっていて未見だった作品DVD鑑賞5作目は、先日見たフレンチアニメ「夜のとばりの物語」の続編、「夜のとばりの物語 ー醒めない夢ー」を見ました。


a0116217_23365524.jpgそもそも「夜のとばりの物語」が、10話の短編シリーズ「ドラゴン&プリンセス」からの5話の新作1話を加えたものだったようで、

その好評もあって、残りの5話も、同様のオムニバスとして公表となったのが、この続編のようで。<(C)(株)ゥォルト・ディズニー・ジャパン→>

やはり前作同様、独特の影絵+鮮やかな色彩で、世界各地舞台にそれぞれの物語がファンタジックに展開。


今回一番インパクト話、といえば、最後の「イワン王子・・」。

イワン王子が瀕死の父を救うため出かけていく、王達の宮殿の、グリーンやブルーなどそれぞれの色彩トーンの宮殿内部や、七変化の姫の宮殿の赤トーンの煌びやかな外観やカラフルな幾つかの扉、など映像的にもメリハリ、

お話も、王子が美しいけれど怖れられていた日知変化の姫に、勇敢に対面、率直な恋心を抱いて姫と心を通じ合い、彼女の変身能力の力の助けを得て、

貪欲な王達が見返りに要求した宝の品々や、肝心の父を救うためのスモモを得てハッピーエンド、という、まあ父を救いたい一心で始まったアドベンチャー&ロマンス、という収まり方の後味良さ。


6/5追記:その他、2話目「靴職人と夢の橋」の、貧しい靴職人青年が夢で見た橋の像を訪ねるプラハ、

3話目「見習い水夫と猫」の、海賊にこき使われ冷遇される少年と猫が降り立つインドの街並み、思いがけず彼らの家!となる、タージマハルがモデルの宮殿、

確かペルシャ舞台の想定だったと思うけれど、「魔法使いの弟子」で、魔法使いに出会って弟子になった青年が招き入れられる、地下の魔法使いの住処の、赤が効いた鮮やかなエスニック模様、など、

それぞれの舞台の、映像も前作に劣らず鮮やかで美しく、前作「夜のとばりの物語」もだけれど、最新テクの導入で、「プリンス&プリンセス」の時より、色彩自体細かい文様が入ったり多彩になった気するけれど、

それが引き立つのも、影絵のシルエットでの、人物や動物などの細かな造形の魅力、素晴らしさあってのこと、と、その渋い技、というのも改めて。

お話的にも、「イワン王子・・」以外の4話は、主人公が、普段は周囲から見下げられたり虐げられたり、貧しかったり、職なしだったり、という身から、

それぞれの持つ能力が開花したり、認められたり、幸運が訪れたり、「見習い水夫・・」は固い絆の青年と猫の、その他はロマンスも絡んでのハッピーエンドで、勧善懲悪的なお伽噺としても妥当、という感じ。


そういう所で、今回DVDでだけれど、ミッシェル・オスロ2作の影絵シリーズ、まあ子供の頃の絵本での様々な童話、に当たるような、そのユニークな独特の映像美+さまざまなエスニック舞台での物語に満足でした。

関連サイト:夜のとばりの物語 公式サイトAmazon 「夜のとばりの物語 醒めない夢」
関連記事:プリンス&プリンセス(’99)(’04)キリクと魔女2(’05)アズールとアスマール(’06)夜のとばりの物語(’10)


  
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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-02 23:34 | 洋画 | Trackback | Comments(0)
気になっていて未見だった作品DVD鑑賞4作目で、「サヨナライツカ」を見ました。


先日見た先日見た「新しい靴を買わなくちゃ」ヒロイン役だった中山美穂の、その2年前公開だった主演作で、

当時はまだ波風もなかったか?中山美穂の元夫辻仁成の小説原作、辻作品原作映画というと江国香織との共著「冷静と情熱のあいだ」は、割と好感だったし、

「新しい靴・・」での、年輪重ねた上での中山ヒロインぶりに、こちらもどんなものだったのか?と、改めてちょっと興味も湧いて、という所。


a0116217_4372532.jpg婚約者光子(石田ゆり子)がいながら、赴任先のバンコクで出会った謎の美女沓子(とうこ:中山)との関係に溺れる豊(西島秀俊)、そこから25年後に渡る物語。<(C)アスミック・エース→>

こちらもラブストーリーではあるけれど、「新しい・・」とは裏腹に、ハードなベッドシーン含むラブシーン満載、思えば”人妻”中山美穂12年ぶり主演作、だったのだけれど、

「新しい・・」では年下格向井理相手の”受け”だったのが、こちらでは西島秀俊に明らかに率直な”攻め”スタンス、

踏み込んだ色香散りばめられた、ここまでハードシーンのある中山出演作は初見で、ある種衝撃作、というか。


一番インパクト、というとやはり序盤、沓子が先日酒場で出会ったばかりの豊の部屋に、豊が野球の試合で打ったホームランのボールを持ってやって来て、誘惑、のシーンでの、

中山大人の女的な腰の据わり方、というか、脱ぎながら正面から相手を見据える表情。

それに対して無抵抗に吸い寄せられる豊、結局このシーンが、この物語のトーンを決めた、という感じ。

その後劇中での2人の蜜月期間、無邪気にふざけ合うシーンの中山美穂も、やはり「新しい・・」とはやや違ったタイプの素の大人のチャーミングさ、というか。


それにしても、原作は未読だけれど、このヒロイン沓子は「新しい・・」のパリ在住のアオイに輪をかけて、の謎のバックグラウンド。

一流の「オリエンタルホテル」の、有名作家達が滞在した、という歴史があるのか?オーサーズスイートの一つ「サマセット・モーム・スイート」に在住、

豊に、見かけた年季入りの高級車を、買ってあげましょうか?とあっさり言ったり、アオイ同様、親族の影もなく、天涯孤独?なのか、

何らかの仕事をしてるとか、誰かの囲われ者であるとか、リッチマンと離婚経験、などという描写も劇中なかったけれど、一体何ゆえに、ああいうリッチ生活水準??と。

そして終盤では、そういうハイソなバックグラウンドも尽きて、昔の馴染みで雇ってもらえたのか?そのホテルでVIP案内要員、という展開も今一?。

ちょっと「ラッフルズホテル」の藤谷美和子、とか思い出して、まあ映画ヒロインとしてはそういうミステリアスさも魅力だけれど、現実感的には不可思議。


でもそういう謎はあっても、ちょっと引っ掛かったのは、日本から何か不穏さを察してバンコクにやってきた光子の、沓子への要求。

感情的に罵ったりはしないけれど、淡々と豊との関係で自分の優位さを語り、最後に「一つだけお願いがあります、来週の日曜日午後1時までにいなくなって下さい」というとどめ。

まあ婚約者として、黙っていられないのは当然だけれど、いくら謎のリッチ身分の沓子ではあるけれど、婚約者の浮気相手に、面と向かって「彼と別れて下さい」ならまだしも、生活拠点からいなくなれ、とまで言うのは?無理ありそうで、

豊の身内的に、ある種の慰謝料、手切れ金などとして、その措置のための必要な費用はこちらで出すから、などとというなら、一応筋的にはまだしも、だけれど。


その要求を受け入れた、というか、豊の光子への忠誠、航空会社の上司桜田(加藤雅也)からの戒めもあって、自分と別れようとする意向も汲んで、だろうけれど、1人NYへ旅立とうとする沓子。

豊は、沓子の奔放な魅力にあっさり落ちて、どうもいつしか彼女に本気で愛着を持ち始めてしまったようだけれど、その思いを断ち切るように、空港でぶっきらぼうな別れ。

そこにやって来た光子に、やっと「愛している」と言うのだけれど、それはやはり半ば義務的な言葉だった、ということが、25年後に形として露呈してしまう、といういびつさが、まあある種真実で、ある意味残酷な恋物語。


残酷、といえば、このタイトルでもある「サヨナライツカ」、劇中の切なさを象徴するような内容の詩を書いたのは、冒頭シーンからあったのだけど、沓子でなく光子だった、という所。

この詩は、何だかこの物語自体のメイン筋とはやや離れた所で、ちょっと印象的。

>サヨナライツカ

いつも人はサヨナラを用意して生きなければならない
孤独はもっとも裏切ることのない友人の一人だと思うほうがよい
愛に怯える前に、傘を買っておく必要がある
どんなに愛されても幸福を信じてはならない
どんなに愛しても決して愛しすぎてはならない
愛なんか季節のようなもの
ただ巡って人生を彩りあきさせないだけのもの
愛なんて口にした瞬間、消えてしまう氷のカケラ

サヨナライツカ

永遠の幸福なんてないように
永遠の不幸もない
いつかサヨナラがやってきて、いつかコンニチワがやってくる
人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトにわかれる

私はきっと愛したことを思い出す<

流れ的には豊を勝ち取って家庭を築いた光子が、婚約時代にその行く末を予見するような詩を書いていた、

単身沓子の所に乗り込んで手を打った、芯の強さ、というか意外な図太さを見せた彼女が、そういう感性を持っていた、というのが、

25年の歳月の中で豊の真の気持ちを汲みとり、豊を大雑把に家庭に留めておくことも諦め、ああいう送り出し方をした、というのも妙な切なさ。


そういう展開、というのも、やはりこの物語は男目線、というのか、豊という人物の優柔不断な不器用さ、というのは漂うものがあるけれど、

ふと出会った美女が、婚約者がいると知っていながら自分に赤裸々にモーションをかけてきて、三角関係の修羅場になる前に浮気相手は自らNYに発って、しかも後年、逢瀬を重ねたホテルで再開、自分を忘れずずっと待ってた、とか、

妻となった婚約者は、会社の社長になった自分の人生の惑いに、何ら口出しをせず、当初から別れを覚悟していたかの風情の、完成した「サヨナライツカ」を手渡してくれる、とか。

いわば自分の都合のいいように、満足いくように女達が動いてくれる、という願望、ロマンの物語、と取れなくもない感じ。

唯一豊の想定外は沓子の急激な体調変化、その身の施し方、その悲しみに、やや自暴自棄的にバンコクの水辺で車を飛ばすシーンもあったけれど、そこで現地語で「大丈夫!」と叫んだり、

社長の座は捨てて、沓子のためだけにバンコクへきたのでは?と思ったけれど、その後オフィスでそれらしき席に座って沓子の面影と語り合ってたり、あれ、また元の鞘?とふと思ったり。

まあ余り突っ込んでも、という、テーマ的にはピュアな”一生に一度の運命の愛”なのだけれど。


あと、豊と光子夫妻の、1人は勉強の出来もよく問題なさそうな剛(西島隆弘)だけれど、もう一人が、どうも問題ありありのような、家を出て鄙びたアパートで女の子と同棲してるロッカー(の卵)の健(日高光啓)。

彼が、訪ねてきた豊に、彼の生き方そのものを侮蔑するような言葉を投げつけ、自分には夢がある、と、言い放ち、光子達が見つめるステージでも反骨的な歌を歌って、というのも、

豊の人生の惑いに拍車をかけて、沓子とのことを含め、リセット方向に作用したのかもしれないけれど、どうも余り共感出来る露骨さじゃなかった。


映像的には、舞台がエキゾチック風物のバンコクで、「私の頭の中の消しゴム」の韓国のイ・ジュハン監督作、日本人監督タッチよりも枠がなく、ナマっぽい風味があった気が。


そういう所で、まあここまで大胆シーンもあったのか、という、前述のように「新しい・・」とは趣違う大人中山美穂映画、遅ればせながら2作ペアとして、違う形のラブストーリーを味わった、という後味でした。

関連サイト:サヨナライツカ 公式サイトAmazon 「サヨナライツカ」象のロケット 「サヨナライツカ」
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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-01 04:12 | 邦画 | Trackback(1) | Comments(0)