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何でも見てやろう / 小田実(’61)

先日、久方の小田実「何でも見てやろう」読み返し2回目終了。<(C)(株)講談社↓>

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夜寝る前のまあせいぜい10~20分位読書ルーティーンで、1年位前読了のよしもとばななの「デッドエンドの想い出」に続き、この「何でも・・」と銀色夏生「つれづれノート」シリーズを少しづつ。

「つれづれ・・」は、手元にない⑯以降を図書館から借りて進めてきたけれど、「何でも・・」と「つれづれ・・」それぞれの、舞台やメンタル的なマクロ&ミクロバランスが妙に気に入ったり。

「何でも・・」は大分前子供の頃に読んだ時の細かい記憶は残ってなくて、漠然とした感じよりも結構ワイルド、

かつ当時のアメリカ~ヨーロッパ~アジアを体感する若き小田氏の眼光、洞察、ラフなフットワークに満ちてて、半世紀の時を越えてなかなか面白く、2度読み返し。

これが沢木さんの「深夜特急」旅ルーツ、辿れば私の20代後半での初のアメリカフリー旅ルーツの一つでもあり、

まあ同じエコノミー旅でも、沢木旅の方が洗練、落ち着いた語り口、こちら元祖の方が率直、粗野なパワー、という感じ。

フルブライト留学生の試験に受かって、ではあるけれど、どうもそのキャラクターで試験管をケムに巻いたような、で、かなり怪しげな英会話力、序盤大丈夫か?と思わせつつ、

ヨーロッパ圏突入以降も、各国語の語学力?さておきながら、'50~60年代の世界の実態を、かなり乏しい旅費用なりに、まさに何でも体験してやろう的図太いエネルギッシュさ、

当時のアメリカでのあからさまな黒人差別、イスラム圏やインドでのあからさまな貧困~市井の人々や様々な作家、知識人との交流など、盛り沢山。


広い視野のためというような程のつもりもないけれど、こういう世界旅ルポが気分転換、リフレッシュにもいい感じ、と思って、

確かやはり結構前の女性ライターのアメリカルポ本もあった、と、本置き場を探ったら出てきて「吉田ルイ子のアメリカ」だったのだった、と。

当面これと「つれづれ・・」シリーズ、それと、探してる途中でふと見かけた村上春樹本一群の中の「国境の南、太陽の西」、<(C)サイマル出版会、(株)講談社、(株)角川書店↓>

a0116217_23381726.jpgこれは買ってずっと未読のままだった、と思い出し、内容も全く知らず、検索して概要を少しだけチェック、

「吉田ルイ子・・」とも「つれづれ・・」とも被る気配ない春樹ワールドもいいかも、で、先日また春樹本新刊も出てたけれど、これも加えることに。

そういう訳で当分、この3冊が就寝前の友アイテムです。

関連サイト:amazon 「何でも見てやろう」
関連記事:旅する力 深夜特急ノート/沢木耕太郎(’08)アメリカ旅<1><2><3><4><5><6><7><8><9><10><11><12>

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by MIEKOMISSLIM | 2017-04-20 23:43 | | Trackback | Comments(0)


デッドエンドの思い出/よしもとばなな(’03)

近年寝る前に少しづつ、手元の本を読み返す習慣、アンシリーズ、その他のモンゴメリ、サガンときて、サガンのが割と近年のになって、一旦おいて、

ふと傍らにあったよしもとばななの「キッチン」文庫、それに収録の短編「ムーンライト・シャドウ」の甘酸っぱさが何だか懐かしくて、

大分前ブックオフで買ったまま手を付けず未読だったばなな単行本「デッドエンドの思い出」を読みました。


長編かと思っていたら、5編からなる短編集。相変わらずさらさらと読み易い文体で、1日で1篇ずつ進んで、割とあっさり読破。

タイトルでもあり、最後の短編題でもある「デッドエンド・・」のデッドエンド=行き止まり、袋小路、で、

まあどれも、手痛い失恋したり、毒物事件に遭ったり、おさなじみが家庭の問題で急死したり、父の浮気で家庭崩壊したり、婚約者に裏切られたり、という状況の、幸薄いヒロイン達。

でも、彼女らの傍らに、さりげなく、やはり訳ありの過去を持ってたりの男性達が現れて、彼らが醸すほんわりとした癒しのオーラ、

必ずしも恋仲になる訳でなくても、「デッドエンド・・」では、その男、西川君が、「(不誠実な)相手が自分の人生からはじき出されたと思えばいい。」と淡々と、ヒロインの立場にとっての正論を語ったり、

そういう特別な癒しの存在は現れずとも、色んな状況の中での、それぞれの姿勢を肯定的に捉える、何が人にとって「幸せ」か、鷹揚な懐深さの心地よさ、の、久方のばなな節、

まあ初期の作品よりは、あけすけな性(欲)描写がやや鼻についたり、という所もあるけれど、やはりさすが、という感じ。

ばなな本一式を本置き場から取り出して、エッセイ「パイナップリン」「夢について」などパラパラ見たり、「うたかた/サンクチュアリ」なんて特に久方に読み返してみたくなって、

単行本だったか文庫だったか?どこかにはあるはずとは思うけれど、これだけどうも見つからず、楽天ポイントで、文庫を注文。


という所で、買ってから10年でなくとも、少なくとも6,7年以上は経ったか?何だか入手したことで満足して未読だったパターン、久方ばなな本の味わいでした。

関連サイト:amazon 「デッドエンドの思い出」
関連記事:アルゼンチンババア(’07)アルゼンチンババア(’02)よしもとばななキッチン('89)キッチン(’97)

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    <(C)(株)文藝春秋>

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by MIEKOMISSLIM | 2016-05-28 22:28 | | Trackback | Comments(0)


Bed & Breakfast / 大貫妙子(’99)

先月頃読了の、図書館からの大貫さんの旅エッセイ。

書いておきたいことがない訳ではないけれど、この所どうもブログを触る気分的な余裕がなくて、この本も何度か借り直してまだ手元に。

まあ、何だかまともにやってても無力感、な折、息抜きに、少し書いておこうかと思います。


’01年の9.11テロを機会に海外へ余り行かなくなった、らしい大貫さんが、まだ精力的に旅してた頃の色々。

イタリア、インド、イースター島、アフリカ、南極、ブラジル、サンフランシスコ、タヒチ、柳川、タスマニア、NY、ロングアイランド、パリなど、

坂本龍一との仕事や、「東京日和」サントラの話、各地の写真、そして最後に「「旅」をめぐって」タイトルでの、坂本龍一との対談。

やはり自分が行った所で重なるフィレンツェやベニス、サンフランシスコ、その郊外のモンタレー、NYなどの所は懐かしさがよぎったり。

何かふとまた、ふとアメリカにでも行きたい気分になるような1冊でした。

関連サイト:ロッキングオン サイト「Bed & Breakfast / 大貫妙子」
関連記事:SONGS 大貫妙子大貫妙子めがね(’07)SONGS 福山雅治/矢野顕子A LONG VACATION From Ladies(’09)風博士/西岡たかし(’76)・Skylightにポプラの枯葉/伊藤銀次(’83)SONGS / SUGAR BABE(’75)期末テスト対策終了大貫妙子トリビュート・アルバム Tribute to Taeko Onuki(’13)<1><2>私の暮らしかた / 大貫妙子(’13)名曲のかたわらに サハシあり~ギタリスト佐橋佳幸・30周年記念公演~ 恋するドライブ ゲスト大貫妙子

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         <(C)(株)ロッキング・オン>

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by MIEKOMISSLIM | 2015-08-23 23:06 | 本・音楽 | Trackback | Comments(0)


赤毛のアンシリーズ再読・読破

一昨年の年頭から、ふと思いついて読み直しを始めた「赤毛のアン」シリーズ、先日で一通り12冊の文庫読了しました。


手元にあった「赤毛のアン」「アンの青春」に始まって(<(C)(株)新潮社↓>)、

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その後は「アンの愛情」「アンの友達」「アンの幸福」「アンの夢の家」「炉辺荘のアン」「アンをめぐる人々」「虹の谷のアン」は図書館ので、「アンの娘リラ」は手元にあったもの、

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最後の「アンの想い出の日々」上下巻は村岡花子の孫村岡美枝の翻訳、その他は全て村岡花子翻訳の新潮社版で。

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偶然昨年のNHK朝ドラで、村岡花子題材の「花子とアン」も放映、その元になった、村岡花子の娘、村岡理恵著の「アンのゆりかごー村岡花子の生涯ー」なども挟んで、寝る前に少しずつボツボツ辿ってきて、ついに終わりまで。

最初の2冊はやはり馴染み感、その後のは、一度は通ったものもあったと思うのだけれど、手元の「アンの娘リラ」含めてどうも記憶が定かでなく、今回初のものもあったかも知れず、完全に初だったのは、その存在を今にして知った「アンの想い出の日々」。


やはり懐かしさ+ギルバートとの間に6人の子供を持つアンのその後の生活、最後の方では孫まで出現、少女期の夢見がちな性質も保ちつつ、それなりに日々の生活を営んでいく様子、

最初の子供を生まれてすぐ病で、また否応ない戦争で息子を亡くしてしまったり、現実に打ちひしがれる、という、「アン」イメージからは想像つきにくいややシビアな展開もあったり、

その中でもやや特異なのは「アンの娘リラ」で、第一次世界大戦にカナダも巻き込まれ、本土が攻撃を受けたり、ということはないけれど、若者達が出兵を余儀なくされ、

アン一家も2人の息子、リラの恋人などが出兵、現実にさらされ、人々の高揚や不安など揺れ動く心情が描かれている1冊。


また「アンの想い出の日々」も、構成的には、シリーズに見られるパターンの、アン一家に多少なりとも繋がりある人々題材の短編集、なのだけれど、

折々に、アンや、詩の才覚があった戦死した息子ウォルターの詩+それについてのアン一家のメンバーの短い感想や思い、会話などが挟まれている、というのが特徴。

この後書きで、モンゴメリは後年精神的に落ち込むことが多かった、また近年になって、その死因が薬の服用で、自殺の可能性があると公表された、などとあって、それは初耳。

「アンの想い出の・・」は、’42年のモンゴメリの詩の当日に持ち込まれていた、そうで、ウォルターの詩にちなんでその悲しみがしんみり語られる以外は、特に直接戦争に関わる話はなく、

戦争の影と、モンゴメリの精神状態不安定というのが、どう関連あったのかなかったのか?だけれど、シリーズ終盤後年のアンの心情の記述には、やはり生活の中で色々あった中、強い感受性ゆえに辛い部分も見受けられる、という感じ。

これはやはり、序盤のアンシリーズだけだと、溌剌とした少女~信頼し合えるギルバートと家庭を持った女性への成長の物語、止まりで、終盤まで通らなければ知ることもなかった”その後のアン”だったのだけれど、

トータル的には、モンゴメリのアン一家、その周りの人々を、その背景の豊かな自然と共に描いた短編的な物語それぞれが、日常の中の喜び、悲しみ、恋、噂、意地の張り合い、思い込み、誤解、和解、ユーモア、

誰にも顧みられることなく死にゆく老人の、豊かな思い出の数々、など人生の機微的にじんわり味わいあって、飽きが来ない、というか、読み進めていても定番的な安心感、という感じ。


そういう所で、約1年半がかりでのアンシリーズ再読・読破、プリンス・エドワード島の風物含めて懐かしさもあり、”その後の大人のアン”も改めて、

+周囲の人々のそれぞれの人生、それぞれの短い物語の趣もあって、いぶし銀的味わいの楽しみ終了ですけれど、

今後折を見て、いっそモンゴメリのアン以外のもので、エミリーシリーズ(再読)などもボチボチ辿ってみようか、とも思ってます。

関連サイト:Amazon 「赤毛のアン」 「アンの青春」 「アンの愛情」「アンの友達」「アンの幸福」「アンの夢の家」「炉辺荘のアン」「アンをめぐる人々」「虹の谷のアン」「アンの娘リラ」「アンの想い出の日々<上>」<下>
関連記事:アンを探して(’09)SONGS 絢香&「花子とアン」アンのゆりかごー村岡花子の生涯ー / 村岡恵理(’08)

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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-17 23:31 | | Trackback | Comments(0)


ノルウェイの森(’10)

気になっていながら未見だった作品のDVD鑑賞期間、一応今回締めは「ノルウェイの森」を見ました。


a0116217_0154933.jpgやはり今まで読んだ村上春樹の中で、脳裏に残る一冊を挙げるとしたら、この原作<(C)(株)講談社→>だし、

その映像化、というのは公開当時も気にはなったのだけれど、

ナイーブな内容がどう映像化?と、ちょっと見るのも怖い、という感じもあったり、結局未見のままだったので、この折に、とチョイス。

どうも原作自体もやや記憶薄れてたし、どうせならこの機会に復習・予習がてらに、と思って久方に例の赤・緑の単行本を取り出して、最初と最後の方だけでもざっと、と思って読み始めたら、

随分久方、村上春樹ってこんなだったっけ?という読み易い文体にも引き入れられて、やや前後はしたけれど、ほとんど一通り読了。

そう、こういう空気感、流れだった、というのは蘇ったのだけれど、ここまで突っ込んだエピソードもあったのだった、という再認識部分も。


a0116217_0183077.jpgで、いざ本作を見始めたら、やはりこれは、原作を読んでいる観客対象作品、かつ創り手側の原作へのオマージュ、という色濃い感じ、

もし原作未体験でこれを見たらどう受け取るのか? 原作に忠実な各登場人物の科白も、原作の下敷きなしに聞くと、どう聞こえるのか?

ちょっと想像つかない、というのが正直な所。<←(C)ソニー・ピクチャーズエンタテインメント>

大幅な独自展開、という部分もなく、やはり細部割愛エピソードも色々あって、まあ長編「ノルウェイの森」村上ワールドのダイジェスト映像化版、と思えばこういう所なのかも、という、トータル的に可もなく不可もなく、という後味。


ただ、一番インパクト残ったのは、唯一原作にはなかった、ワタナベ(松山ケンイチ)と直子(菊池凛子)の緊迫シーン。

施設に2度目に会いに行ったワタナベに、直子が、何故自分のような者にかまうのか、放っておいてほしい、あなたの存在が私を苦しめるのが、どうして判らないの!?と、思いを吐き出して号泣、

必死に彼女を抱きとめるワタナベ、という、最後になってしまったこの2人の逢瀬の1シーン、原作ではずっと穏やかなままのやり取りだったけれど、

直子の内部に積もっていた行き場のない感情が噴出、という展開にしたのは、やはり映像化ならでは、で、ある意味、ここが、原作から踏み込んだプラスα的な描写2か所の一つで、

取り方は様々かもしれないけれど、それなりに意義を感じた、というか、この部分がなかったら、もしかして、この作品への後味はもっと低評価感、だったかも。


6/13追記:配役的には、ワタナベ=松山ケンイチというのは、まあ見てみたら、松ケンの草食青年っぽさがワタナベのサラッとしたマイペース感に、それなりにフィット、

直子=菊地凛子、というのは、原作での儚げな直子よりもやや線太感、だったけれど、この人なりの直子像を見せた、という感じ。

緑=水原希子は、モデル畑のスタイルの良さで長身、科白は原作通りの天衣無縫さ、の割に、話し方があえてそういう演出だったのか?何だか直子モードで、もう少し弾けたタイプでも良かった気も。

一番原作人物と違和感なかったのは、というと、クールな変人永沢=玉山鉄二かも。そして次に、そう出番が多かった訳ではないけれど、その永沢の恋人ハツミ=初音映莉子。

この初音映莉子は、見てた中では「マナに抱かれて」に出てたのだったけれど、名前も初耳、原作中ワタナベが、永沢があえて恋人にしている女性として納得の魅力、というのが、

登場した時から漂うような、華、受けのソフト、純粋さミックスで、映像化としたら、こういう女優化も、と思えたり。

その他、主な人物ではレイコ=霧島れいか、というのは、原作での一見普通の中年女性、でも深みあるイメージ、よりはオーソドックスな美人型、だったけれど、まあ特に浮いて、という訳でもなく、

やはり原作より結構出番は端折られてた、ワタナベの量の同室の”突撃隊”=柄本時生、というのも、イメージ的には合ってた印象。

あと、ワタナベのバイト先の店主にさり気なく細野晴臣!とか、直子の施設、阿美寮の門番に高橋幸宏とか、彼らは特にこの作品の音楽に関わったという訳ではないようだけれど、豪華なカメオ出演陣。


6/14追記:背景で印象的だったのは、やはり阿美寮周辺、原作だと京都奥地の高原地、ロケ地は兵庫県の峰山高原と砥峰高原らしいけれど、一見ヨーロッパの何処か?かとも思う緑の広がり。

ここは直子の心象風景的な場所、としても、原作イメージを損ねることもなく、良かったと思うスポット。

     

最初のワタナベの訪問時、直子が、以前ワタナベから問われた、何故キズキ(高良健吾)と関係を持たなかったのか?という疑問に答えようとする場面、

原作ではレイコもいる部屋の中で、のことで、その苦悩を告白した直後不安定状態に陥ってしまって、しばらくワタナベは席を外す、という流れだったけれど、

劇中では、2人が早朝の高原を歩きながらその問答、という風にアレンジされてて、心情を吐き出しながら足早で歩く直子を追いかけるワタナベ、

最後に感情が高ぶって、キズキに先立たれた苦悩の叫びをあげる直子、なすすべもなくそれを鎮めようとするワタナベ、という所も、

前途の私の一番のインパクトシーン、2度目の訪問時の2人の緊迫シーンと共に、ここら辺も映像化ならではの、直子の内面の、より露わな描写、だったかと思うのだけれど。

     

まあ序盤から、ワタナベの大学生活の描写の中に、原作にもあるように、60年代後半らしい学園闘争シーンが折々あって、原作では物語のトーン自体のせいもあってかそれ程過激な印象はなかったけれど、

やはり忠実な映像化だと、そういう”動的”背景も露わになって、その中で、直子の心情表現も、原作のような抑えたトーン、というのから踏み込んで、より普遍的に、判り易くしてたような、というか。


これを手掛けたトラン・アン・ユン監督作では、前に放映のあった「青いパパイヤの香り」を見ていて、映像が綺麗だった感触はあるのだけれど、やや記憶薄れてて、

自分の感想を見直したら、まったりとした芸術っぽい作品、という後味だったようだけれど、このベストセラー小説映像化にあたって、映像美も意識しつつ、

テーマ的には、余り原作の中傷的なエキスに重点をおいて芸術作品、にするのでなく、登場人物の言動、割と明け透けに語られ展開する性の問題、なども割と忠実に追って、

一般的に判り易くしようとした、ある意味冒険は侵さず、オーソドックスに映像化を試みた、という感じ。


あと、改めてこのタイトルの、ビートルズ「ノルウェイの森」、今にして、だけれど、歌詞を追ってみたら、馴染みの牧歌的なメロディに乗せて、寓話風だけれど、物語絡みとしてやや意味深な、という内容だったおだった、と。

    

    


今こうして、映像化での「ノルウェイの森」再体験して、原作を読んだ当時は、ワタナベは直子を失ったけれど、半ばすがるように、にしても緑と生きる、という「生」(せい)を選んだ、という決着、という落ち着き所、だったのだけれど、

原作冒頭の37才時からの回顧シーンからしても、ワタナベは、直子やキズキが引き入れられた「死」には踏み込まず、「生」ワールドに健在、というのは確かで、

でも思えばそこに、回想の締めでもあるラストでは紆余曲折の末ハッピーエンドに思えた恋、緑の存在は描かれておらず、彼女がその後の彼の健在の支えになってきたのか、それともその後、離れてしまったのか?不明、

一旦「死は正の対象としてではなく、その一部として存在している」という”空気のかたまり”のようなものを10代にして実感してしまったワタナベと、

ナイーブさもありながら基本的に「生」を前提とするエネルギーを持つ緑との顛末は、果たして如何に?というようなことも改めて思ってたり、

どちらにしても、時折そういう切ない回顧に襲われながら、まあ日常生活は飄々と行っている、というのが妥当かも、とは思うのだけれど。


そういう所で、久方に、本置き場に埋もれていた原作含めて、映像化「ノルウェイの森」での復習、トータル後味的には前述のように可もなく不可もなく、ではあるけれど、それなりにこの映像化意義、を感じられた部分もあったり、

ある種読み易くサラサラした手触り感の奥の、コリッとした苦みある”切なさの塊”的赤・緑本、村上春樹ワールド再体験、というこの鑑賞でした。

関連サイト:ノルウェイの森 公式サイトAmazon 「ノルウェイの森」象のロケット 「ノルウェイの森」
関連記事:トニー滝谷(’04)青いパパイヤの香り(’93)

NANA(’05)男たちの大和 YAMATO(’05)ユメ十夜(’07)(「市川崑物語」スレッドの10)、蒼き狼 地果て海尽きるまで(’07)神童(’07)ドルフィンブルーフジ、もういちど宙へ((’07)僕たち急行 A列車で行こう(’12)春を背負って(’14)理由(’04)バベル(’06)恋に唄えば♪(’02)地下鉄に乗って(’06)犬神家の一族(’06)(「市川崑物語」スレッドの9)、サッド ヴァケイション(’07)BANDAGE(’10)ソラニン(’10)まはろ駅前多田便利軒(’11)運命じゃない人(’05)マナに抱かれて(’03)テニスの王子様(’06)あしたの私のつくり方(’07)ホームレス中学生(’08)時をかける少女(’10)プレミアム10 YMOからHASへ音楽のチカラ「青春の言葉 風街の歌 作詞家 松本隆の40年」 松本隆に捧ぐー風街DNA-(’10)追悼・大瀧詠一~朝 / はっぴいえんど(’70)ETV特集 細野晴臣 音楽の軌跡~ミュージシャンが向き合った「3.11」~MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~<1><2>クリスマスの約束(’14)名盤ドキュメント はっぴいえんど「風街ろまん」('71)~“日本語ロックの金字塔”はどう生まれたのか?~うみ・そら・さんごのいいつたえ(’91)あおげば尊し(’08)ー追悼・市川準監督ー


  
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by MIEKOMISSLIM | 2015-06-11 00:23 | 本・邦画 | Trackback(1) | Comments(0)


波の音が消えるまで / 沢木耕太郎(’14)

昨年秋に出た沢木新刊の小説「波の音が消えるまで」を、先日読み終えました。


図書館予約してたのがやっと到着、「血の味」以来の沢木長編フィクションだけれど、今回は上下巻、のボリューム、初めて順番予約というシステムで申し込み、

確かに上巻の方が早く連絡来たのだけれど、多少時間の余裕があって下巻が来るのかと思ったら、その翌日に下巻到着の連絡、

多少下巻の取り置きの猶予はあったし、何とかGW中にどちらも読破出来れば、というつもりだったのだけれど、さすがに沢木本、1日のノルマをこなす感覚をあっさり超えて、引き入れられるように読み進み、先週の内に2冊読了。


元サーファー、カメラマンだった28才の主人公伊津航平が、ふと立ち寄ったマカオで、バカラという博打にのめり込んでしまう、という内容。

序盤、やはり主人公に沢木さん像が重なったり、また航平、という名からルックス的に時折体操の内村航平選手が意味もなく浮かんだりしながら、

題材として、カメラの世界は沢木さんの範疇、とは思うけれど、意外だった片岡義男ばりにサーフィン、また男女間の感情の絡み+肉体関係描写まで、など、

これまでの沢木ものでは覚えなかったジャンル、という目新しさもあったのだったけれど、一番引き込まれたのは、やはり臨場感あるバカラのシーンの数々。

博打についてはこれまでも著書の中で触れられてたことはあったのだけれど、1枚1枚のカードの明けられる緊張の瞬間、その数字の持つ意味、主人公や周囲の賭けた人々にもたらす運命、など、

大仰な描写、という訳ではないけれど、やはり目の前で展開するノンフィクション世界のようなじんわりくる迫力は、さすが、という感じ。

私は全く日常縁のないジャンルではあるけれど、序盤で大体のバカラの仕組み、賭け方など判って、その後、幾度となく出てくる勝負を決めるカードがめくられるシーンの旅に多少なりとも緊張感が。


それまで博打は敬遠していた主人公が、ふと手を出したバカラに魅せられ、謎の達人らしき訳ありの老人、劉から、数の勢い、賭ける際のメンタル面とかアドバイスを受けながら、その世界に入り込んでいって、

最後に彼に残された、バカラ必勝法についてのメモの言葉は「波の音が消えるまで」。その空虚、ともいえる領域までとことん行ってしまうまでの経緯。

その間に、やはり訳あり女性季蘭やアイリーン、ホテルで働く日本人村田明美との出会い、香港のマフィアボスの囲い者だったアイリーンと関係を持ったために危機一髪、

劉が恩義ある大物、林康龍の力で救われ、というちょっとしたサスペンスシーンもあったり、一旦日本へ戻って、やはり帰国していた明美との再会、

いわば異国での通りすがりだった劉と季蘭のため、見返りを求めず金を稼ごうとする姿、一旦離れてたカメラマンの仕事を通してのエピソード、雇い主から明かされた、幼い頃染んだ父とバカラとの因縁、とか、

まあ様々な要素が織り交ぜられながら、ラストへと向かっていくのだけれど、主人公が望むのはやはりバカラ世界の極限、で、自暴自棄というのか、一文無しであわや行き倒れ危機、から、

林康龍の助けで救われたり、もはやここまで、という所から奇跡的なバカラ運に救われたりしても、それを振り払ってしまう、いわば一種のカルト宗教にでも魅入られてしまったような、という収束への進行。


a0116217_2158077.jpg読み終えてから、ふと「深夜特急」序盤で沢木さんは香港に寄ってたのを思い出して、マカオにも行ってたような、と、文庫第1巻を取り出してみたら、やはり「香港・マカオ」編で、

後半のマカオ編では、「波の・・」に出てきたリスボアホテル、水中翼船、大橋、地形など、そのままの舞台でもあったのだけれど、

ざっと読み返してみて興味深かったのは、この時の沢木さんと博奕の絡み。<(C)(株)新潮社→>

沢木さんはその時「大小」という博奕にハマり、このまま続けていれば、ロンドンに行くどころか東京にも帰れず、異国で無一文になって立ち往生、と判っていながら、

>自分がそのような小さな破局に向かってまっしぐらに進んでいるらしいということには、むしろ意外なほどの快感があった。< のような箇所。

実際は沢木さんは、大きく負け越していたのをそこそこの負け越しに挽回出来たことで万足、切り上げて事なきを得て、「深夜特急」旅に向かって、

沢木さんと博奕といえば、色川武大氏との付き合いでのたしなみなど、まあ小説の元になる著者の経験、といえばそれまでだけれど、

マカオでの、博奕の種類は違っても、その時の博奕に”行くところまで行ってしまう快感”への刹那的欲望の感触が、この「波の音が・・」という小説のノンフィクション的ルーツの一部ではあるのだろうと。


沢木さん自身は、(バカラという博奕の)果ての果てまで行ったら、どんな風景が見えるのか?というのを描いた、と語っているけれど、

   

その極値まで行ってしまった主人公の終盤が、劉や季蘭と同様の罪を背負う運命か?救いの女神、のような明美の出現含め、やや夢かうつつか?という茫洋とした曖昧さ、でフェイドアウトなのは、

沢木さんがフィクションならでは可能な、ある種の純粋さへの救済、あるいは愚かさゆえの破滅、の余地を、読者に委ねたのか?

そういう”夢うつつ”にも、幻にしても現実にしても、それぞれの可能性での現実的な状況の裏付け記述などがちらほらあるのは沢木作品らしい、というのか、だけれど、

そういう折々のノンフィクション風味によって、ますます有り得ないか?有り得ることか?判断し難い、というのもやはり沢木作品の味わいなのだろうと。


そういう所で、動画にもあったように、沢木さんの初のエンタメ長編小説、でもあったのだったけれど、マカオ、東京、ハワイ、バリ島など舞台にサーフィン、カメラ、そして沢木作品にしていつになく女性絡み描写も踏み込んでいて、

何よりバカラ、という小世界での様々な心理、感情の揺れ動きなど含んだ臨場感を軸に、読み応えあった沢木さん新刊でした。

関連サイト:Amazon 「波の音が消えるまで 上巻」「波の音が消えるまで 下巻」
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          <(C)(株)新潮社>

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by MIEKOMISSLIM | 2015-05-06 22:58 | | Trackback | Comments(0)


アンのゆりかごー村岡花子の生涯ー / 村岡恵理(’08)

先日、文庫「アンのゆりかご」を読み終わりました。

赤毛のアンシリーズなどの翻訳者で、昨年のNHK連続テレビ小説「花子とアン」のヒロインだった村岡花子の孫、村岡恵理さんが著者の、村岡女史の評伝。

これも春頃だったか図書館に予約しておいたのが、先週ようやく到着。私の後にも70人程待ちがいて、なかなか人気ぶり。


子供時代に赤毛のアンは、シリーズ全部ではなかったけれど愛読、他にエミリーシリーズなど少女小説もあって、その翻訳の村岡花子、という名は、サガンシリーズの朝吹登水子と双璧で、人物像は全く知らないけれど、DNA的に染みついた馴染み感。

また「SONGS 絢香&「花子とアン」」でも触れてたように、偶然、昨年年頭にふとアンシリーズでもボチボチと読み返してみようか、と、手元の最初の2冊から始め、その後図書館ので辿っていて、春先に、今度の朝ドラが村岡女史ヒロインと知って、ちょっと驚き。

        

で、ドラマ関連で知ったこの「アンのゆりかご」も読んでみたいと思って予約入れたのだったけれど、アンシリーズは途切れなく図書館に在庫あって、寝る前1章ずつなど少しずつ味わいながら1年がかりで今最後の10冊目「アンの娘リラ」にかかった所。

ドラマの方も、普段はまず見ないNHK朝ドラだけど、この村岡女史ヒロイン、という興味で結構見ていて、
    
原案はこの本だったようで、大筋はドラマで知ってたのもあって、+内容的にも興味ひかれつつ、割と早く読了。

でも事実としてドラマとは違う所もちらほらで、やはりそれなりに朝ドラ的に脚色していたのだ、とも判った部分も。

ドラマでは、1冊目「赤毛のアン」がやっと出版され、最終回で2冊目に取り掛かり・・の所までだったけれど、この評伝では、その後の翻訳活動、

先に出てしまった「パットお嬢さん」の前のパットもの、17冊目のモンゴメリ翻訳作だったらしい「銀の森のパット」の翻訳にとりかかった4日後、突然脳血栓に襲われ75才で亡くなるまでの生涯も網羅してあったのが、目新しく、

やはりドラマも、もう少し後半~終盤、翻訳活動全般にスポットライトを当ててくれていたら、もっと見応えだったのに、とも改めて。



今手元にある村岡翻訳作品は、モンゴメリのアンシリーズ3冊とエミリーの2冊、「パットお嬢さん」+ブローティの「フェビアの初恋」。<↓(C)(株)新潮社>

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1/22追記:本文中印象的だったのは、まず、そういう将来の著名翻訳家への土台として、東洋英和女学校時代、英語の勉強にかなり熱中していた様子は「花子とアン」でもあったけれど、

授業のテキストでは物足らず、10代前半の頃すでに、学校の書籍室の、伝統的な英米児童文学作品原書を多量に読んでいた、ということ。

「ロビンソン・クルーソー」「若草物語」、スコット、ディケンズ、シャーロット・ブロンテその他色々挙がってて、面白いものは翻訳して寄宿舎の下級生に語り聞かせていた、そうで、

そういう素地が少女期に出来ていた、父の後押しもあって、本来場違いなお嬢様学校の給費生となって、好きな勉強が出来ている、という自負もあったかもしれないけれど、誰から促される訳でもなく、自ら着々と場数を踏んでいたのだった、と。


それと、「花子とアン」での蓮さま、柳原燁子(あきこ)が寄宿舎で歌を詠んで聞かしてくれた影響で、自分に日本文学の素養が欠けている、と悩んで、

燁子のとりなしで歌人・国文学者佐佐木信綱の元へ通って、本気で歌人を目指したり、佐佐木の勧めで森鴎外の翻訳作品を読んで日本語の美しさに浸ったり、などという経験もあった、ということ。

後年「翻訳家になるにはどうしたらいいか」と大学で英米文学専攻してる女性から相談された時、季節や自然、色彩、情感を表現する日本語の豊かな歴史を思えば、日本の古典文学や短歌や俳句に触れることも大切、と指摘する、という所があったけれど、

それは、村岡女史には、>そういう相談に来る若い女性達は、英語の勉強に意欲的で優秀だが、日本語の研鑽には余り必要を感じてないようで、

難しい言葉である必要はないが、豊富な語彙を持ち、その中の微妙なニュアンスを汲んで言葉を選ぶ感受性は、翻訳の上では英語の語学力と同じ位、あるいはそれ以上に大切な要素だと思う。<

というような考えが根本的にあったようで、それはまさに村岡翻訳の、確かにさりげなく豊富な語彙がちりばめられた、情感あって柔らかく豊かな文章の醍醐味、にそのままフィットするようで、説得力感じた所。


1/23追記:また、村岡花子は自ら創作もする児童文学者でもあったのだけれど、生涯の中で、色々な組織、会合、セミナー的なイベントなどを通して、柳原燁子(白蓮)だけでなく、数々の、特に女流の文学者、活動家との交流、接触があったということ。

林芙美子、宇野千代、与謝野晶子、市川房江、石井桃子、またパール・バック、ヘレン・ケラーなどとも、来日の時交流があったようで、一翻訳家というには、文学界での地位がそれなりに認められていたようで。

「花子とアン」に登場したアクの強い作家宇田川満代は、モデルが宇野千代、また児童文学者吉川信子説とかあるようで、

本の中でも、奔放なキャラ的には宇野千代、従軍ルポのため戦地に赴いたり、というようなエピソード的には吉川信子が重なったり。


1/24追記:私生活的には、やはり夫、村岡との出会い~結婚の過程。不倫で始まった恋だけれど、ドラマでは、村岡の病気の妻は、花子との関係に理解を示して、病死の後、しばらく時を経て2人が結ばれる、という流れだったけれど、

この本での実際の所は、妻が病気なのは同じだけれど、特に妻が村岡の不倫に寛容だったような記述もないし、ドラマには登場しなかった、村岡と妻との間に幼い息子がいたり、

妻は実家で療養で、実質的に家庭生活は破綻状態だったようだけれど、結局、村岡が花子との恋を選ぶ形で、籍の整理(妻との離婚)をして、花子と結ばれた、という形だったようで、

ドラマにはなかった、2人のやや鼻白むような熱烈ラブレターなども載っていて、まあ情熱家同士というのか。

ドラマでの、恋に落ちてしまってから村岡の妻の存在を知って、純に苦しみながら、一時は諦め、気丈に健気に仕事相手として村岡と接していて、

妻が病死、ということもあって、村岡自身も葛藤の末しばらくたって花子にプロポーズ、結果的に好きな相手と結ばれた花子、というヒロイン像とは、正直言ってギャップありあり。

まあ、そこら辺、やはりドラマ、しかも朝ドラ風に脚色されてたのだった、と改めて。勿論ドラマの方が、「赤毛のアン」という王道児童文学の女性翻訳者、としてはフィットするけれど、現実はそう綺麗事、という訳でもなかったのだった、と。


1/25追記;その後の村岡の前妻については書いていないけれど、前妻との息子は、その後村岡の兄の養子、兄の体調が悪くなって、村岡の知り合いの牧師に引き取られており、

関東大震災で7才にして死亡、この死には、村岡と花子の心に暗い影を落とした、という部分があったけれど、ドラマでは存在しなかった、2人の恋の背後の悲運の幼い影。


また、2人の息子道雄がこれも5才で疫痢で急死、という逸話もドラマ通りだけれど、花子は悲しみに打ちひしがれ、弔いの日「すべては神のみこころだ」と聞かされ、

>・・みこころなんかではない、病気の妻と幼い子供を離れた敞三(村岡)と、彼から敞三を奪った花子に対する制裁、ふたりが結ばれた罪の代償なのだーそれは与えて奪う、あまりにむごい仕打ち。<

というような、複雑な心情もあったようで、そこら辺ドラマでは割愛されていた、花子の人間としての裏側のタブー面、かも。


その後妹梅子の娘みどりを養女にして我が子とはするけれど、この一人息子を失った、という悲劇も、そこから翻訳に情熱を注ぐ人生を送る要素になった気がするけれど、

村岡との恋に走らせた、思い込んだら一筋、的な気質が「赤毛のアン」を世に出す原動力にもなったのも確かなようで、

ドラマでも、この本が辿った結構険しい道のり、がちょっと意外だったけれど、そもそも花子にこの本の1冊の原書を託したのは、出版畑からではなく、友人の市井のカナダ人女性宣教師、

しかも時代は第2次世界大戦直前、「命懸けの翻訳」という章もあるけれど、当時英語は「鬼畜米英」の敵国語、英語の本は容赦なく燃やされる、という中、

また空襲を受けて戦火の中、この原書と原稿をかかえて逃げたりもしつつ、平和の時を待っているのではなく、今、これが私のすべきことなのだ、という信念で、

灯火管制下、スタンドに黒い布をかぶせた薄暗い部屋で、「アン・オブ・グリン。ゲイブルス」を訳し続けた、という、

a0116217_2127067.jpg子供時代にこの物語に接してる頃には、全く夢にも思わない、美しいプリンス・エドワード島舞台のアンが躍動するストーリーが日本語で紡がれた際の、翻訳者の置かれてた現実。<(C)(株)新潮社→>

イメージ的には、どこか海でも見える優雅な別荘のような所で、ゆったりした気分で訳していたような、でもおかしくないのに、というギャップ。

やはり並の女性だったら、とても翻訳どころじゃなくギブアップしていた所が、やり通し、しかもその後も次々アンシリーズ、モンゴメリ作品など手掛けていった、というのは、

やはり言葉の世界でのある種の才能に加え、並ならぬ情熱があったのだろう、と改めて。


1/26追記:本人は、73才にして初めて海外旅行、アメリカにいるみどり一家を訪れて、その時プリンス・エドワード島にも行く予定だったものの、それは見送り。

この著者理恵さんを妊娠中だったみどりの体調を気遣って、また、そこを娘と訪れるのは夢のように素晴らしい企画だったけれども、

同時に、現実に目にすれば、心の中で慈しんでいた創造の世界が失われてしまう恐れもあって、もう少し、夢を夢のままで置いておくことにして、結局、生涯そこを実際訪れることはなかったようで。

       

写真などを見る機会はあったのだろうけれど、実際見ていない土地の、生き生きとした翻訳、というのも、ドラマでも折々触れられてた豊かな”想像力”の賜物なのだろう、と。

私も、プリンス・エドワード島はモネのジベルニーの庭などと共に、いつかは行ってみたい、憧れの地、ではあるけれど、実際行ってみたら、勿論感慨もあるだろうけれど、

こういうものだったのか、と、脳裏の中に広がる夢の土地の姿、というのは消えてしまうだろうし、実際行かないなら行かないなりのメリット、というものももあるだろう、とも。


そういう所で、「花子とアン」に加えて、村岡花子の生涯の様々な側面についての、なかなか面白く読めた1冊でした。

関連サイト:Amazon 「アンのゆりかご /村岡恵理」NHK連続テレビ小説 花子とアン 公式サイト
関連記事:アンを探して(’09)SONGS 絢香&「花子とアン」

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          <(C) ( 株)新潮社 >

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by MIEKOMISSLIM | 2015-01-21 00:04 | 本・ドラマ | Trackback | Comments(0)


流星ひとつ / 沢木耕太郎(’13)

昨年10月出版の沢木新刊、「流星ひとつ」を先日読み終えました。

昨年夏に他界した藤圭子に対して、’79年に行われていたインタビュー内容。異色なのは、ベールに包まれた、一世風靡した演歌の星~引退~宇多田ヒカルの母~自殺という波乱の生涯だった元スター、

当時28才だった本人が、率直に語る様々な履歴、その時々の思い、という内容の”生身感”自体もさることながら、全編、2人の会話文のみでの構成、ということ。

そこには確かに、いつものように対象に対してスタンスを保ちながら迫り、観察する沢木さん、という存在があるのだけれど、

沢木さん自身が、スター藤圭子という看板を背負う生身の女性が見せる感性の揺れに、立ち合い、受け止めたりかわしながら過ごした丁々発止の時間の、生々しい記録、と言う感じ。





昨年夏、藤圭子の訃報を聞いた時、様々に騒がれてるこの元スターのショッキングな謎の死、というものの背後に人間味ある真実、ドラマがあるとしたら、

実際の経過は不明だけれど、彼女との何らかの過去の思い出があるのは確かな沢木さんが、追ったらどうだろう?とふと脳裏に浮かんだけれど、それはやはり、下世話かもしれないし、今更有り得ないだろう、と思ったり、ということがあった。

その後何だか情報を見逃していて、今年の春~夏頃だったか、同年秋にこの本が出ていた、と気付いてちょっと驚き。

で、図書館に即予約、ようやく先日回ってきて、丁度期末対策も終わった頃から読み出し。それは、私が訃報直後とっさに思ったような類の、死の真相に迫る、的ルポでなく、大分前藤圭子が引退を決意した頃のインタビュー、だったのだけれど。

         



読み終えて、まず思ったのは、これって、凄まじいまでの沢木さんの記憶力、のなせる技!?ということ。

構成は一夜でのお酒を飲みながらの長いインタビュー形式、実際はその後何度か補足のインタビューがあったようだけれど、

それにしても、この作品が録音を元にしての書き起こし、という情報は見当たらないし、まあ多少なりともメモは取りながら、だったのか?だけれど、録音的手段は皆無だったとしたら、

1冊の本になる程の量の、互いの微妙なニュアンスもあっただろう「会話」のやり取りを、完璧にその通り、でなくとも、編集もあるにしても、自然な話の流れに沿って再現してみせる、

それは「深夜特急」でも、当時のメモや手紙などの資料は残ってたにしても、昔の旅を思い起こして臨場感ある詳細な長編作にしてみせたことですでに感嘆、

他のルポでも、この人の細かい部分に至るまでの記憶力あってこそ、という感はあったけれど、今回、改めてその真骨頂、というか。


12/21追記:ぼんやりと、不幸な生い立ちからスターになって、そういう過去が歌にも投影されてそれがまた悲哀の魅力、のようなイメージあったけれど、

実際、両親は旅芸人の浪曲師、お母さんは盲目、本人は幼い頃から各地を転々。歌は、ガラガラ声で音痴と思われてたのが、ある日鼻歌を歌っているのをお母さんが、うまいじゃない、と見出して、

小学5年の頃から両親と一緒に旅で、畠山みどりの曲などを歌うようにになって、地方の歌謡ショーで歌った時に、八洲秀章氏という作曲家に見染められ、

中学卒業同時に上京。でも当初は両親と夜の街でギターを抱えて流しをしていたり、というようなことを、本人は割と淡々と回顧。

現実的な貧しささておき、目の不自由な母にも容赦ない粗暴な所のあった父とか、兄、姉との3人兄弟で、子供時代旅に出た両親が予定を過ぎても戻ってこず、食費に困って、近くの豆腐屋で納豆を分けてもらって、それを売って生活した、とか、

「誰も知らない」ではないけれど、なかなかハードな子供時代、でも本人は母親っ子で、そういう親子の情はあったようで、歌に対しては特に思い入れなく、

わかってたのは、食べて、寝て、生きていくってことで、美味しい物を食べられたら嬉しかった、のような思春期。この人にとって、歌は家族の一員としての、生活のための一部だった、という感じ。

上京の際も、歌手、スターになりたい、という考えもなく、両親が決めたことに従っただけ、のような成り行きで、作詞家の、当時無名で沢ノ井と言う名だった石坂まさをの家に下宿、紆余曲折して「新宿の女」でブレイク、というような経緯だったのだけれど、

余りこの本の本人の語り口からは、曲のイメージからのハングリー感、悲壮感、などは匂わず、割とあっけらかんとした性質の少女時代、という印象。

         


最初の若くしての結婚相手、前川清とのエピソードにしても、まずクールファイブのボーカル、として歌が上手い人、という羨望があって、

熱い思い、というよりは、>淋しかったんだよね、お互いに。デビューしたばかりで、友達なんかいなくって、同じレコード会社で、演歌だし、少しずつ話すようになって、2人で会うようになって、・・< のような経緯。

1年で離婚に至った決定的な、という原因は語られてないけれど、前川清は身内みたいな感じで好きで、異性というより兄のような感じ、だったそうで、

別れた後も、彼女に良き相談相手のような態度で接していたらしく、歌手、人間としては尊敬している、その後から知り合った人たちとは、核が違う、でも、心がときまかない、

いくら周囲の人が、あの人はよくない、悪人だっていっても、私の胸がときめいてしまったら、それで終わりじゃない、という辺り、

実際その後の恋の相手が、売れない歌手だったり、不倫スキャンダルになったのだった巨人の小林投手との、痛い思い出、というのもあったり、恋に関して正直で不器用、危なっかしい感じ。

         


前川清と結婚当初、前川清の知り合いで仲人をした人物が、家を改築して上階に住めば、という提案に乗って、土地を買ったけれど、

払った金銭面より少ないの領収書との食い違い、その妙な言い訳に、前川清はいいじゃないか、と言ったけれど、彼女は気持ちが悪いし、売り主に確かめたら、やはりその領収書通りの売値だった、と判明、

またその頃に、その人たちが階下で、いいんだよあいつらの金なんか、アブク銭がいくらでも入ってくるんだから、というのが聞こえて、ゾォーっとして、

前川清に、ひとりでも出て行く、この家かあたしか、どちらか選んでください、ということになって、アパートを借りて住むことになった、などというエピソード。

まあ、芸能人にありがちな、金銭詐欺、トラブルの類かもしれないけれど、絶頂期の演歌スター同士の結婚生活、にしては、

前川清が、スターになってから近づいてきて、その奥さんに洗濯をしてもらった、のような恩のある人物、にしても、どうも胡散臭い人物の家を出費して改築、そこに同居してたり、

底からの移転先も、三田の”アパート”という、意外な不安定さ。やはり両親も女と共に北海道から上京して流しをしたり、売れてからも彼女頼り、後年、母と離婚、再婚後も父から執拗な金の無心あったり、

前川清の背景は良く知らないけれど、やはり長崎から出てきていて、演歌のスターと言っても2人共若く、家族から経済的なバックアップもない状況で、そこにつけこんで群がる人々、のような構図も垣間見えたり。


そういう波乱もさることながら、前川清と婚約中に出すことになった「恋仁義」という歌は、「惚れていながら身を引く心」なんて空々しいし、

前川さんを好きだった多くの女の人はきっといくらでもいただろうし、その人たちに対しても白々しすぎる、という理由、

離婚の1か月前に出してた「別れの旅」も、そんなこと思いもよらなかったけれど、宣伝用の離婚、などと言われて悔しくて、また歌詞も辛くて、すぐに歌いのを止めてしまって、

プロの歌手なら恥ずかしい、駄目なことだけれど、私には歌えなかった、というようなくだり、とか、印象的なのは、沢木さんも「あなたは本当に潔癖な人ですね」と言ってるけれど、

まあ大スター、というより20才そこそこの一女性として垣間見える、芸能界の波間での一種の律義さ、純粋さ、というような一面。

       


12/22追記:私が藤圭子の曲で覚えあるのは、タイトルを辿ると「京都から博多まで」までだけれど、

本の中程で、沢木さんから、宇崎竜童・阿木燿子夫妻が創った’78年の「面影平野」は、ラジオで聞いて、久し振りに藤圭子が曲に恵まれた、これはヒットするぞ、と思ったけれど、なぜヒットしなかったんだろう?という質問。

それに対して、まず彼女自身、すごくいい詞で、阿木燿子さんてすごいとは思うけれど、あの歌の持ってるいる心がわからない、

だから、人の心の中に入っていける、という自信を持って歌えない、凄い表現力だなっていうのはわかるんだけれど、理由もなくズキンとくるものがない、という話。

それを聞いて沢木さんも、なるほど、そういうことか、と言って、あなたにとって、ズキンとする曲は? と聞き返すと、たとえば「女のブルース」で、この歌はよくわかった。歌詞を見たときからズキンとした、のような回顧。

そしてその後、この曲がヒットしなかったのは、それだけじゃない、沢木さんが先に言ったように、
藤圭子の力が落ちたからかもしれない、と話し出して、

それは、デビューして5年目位に喉の調子が良くなかった時、しなくてもよかった手術をしてしまって、声が以前と変わってしまった、ということがあり、

高音が、澄んだキンキンした音になってしまった、自分の歌は、喉に声が一度引っ掛かって、それからようやく出て行くところに一つの良さがあったのが、どこにも引っ掛からないでスッと出て行くようになってしまった、と。

「面影平野」は、宇多田ヒカルが前に、この曲を歌ってるカアチャンはかっこいい、と言ってて、今回初めてYou tubeで聞いたみたけれど、素人目には、どうもそれ以前、手術前の時期の歌声との違いって?判らず。

        

沢木さんも、でもあなたは依然として充分うまい、と言ったけれど、本人にしたら、手術後の自分の歌は聴いていても歌っていてもつまらない、というギャップがあったようで、そこら辺は本人にしかわからない範疇なのだろうけれど、

彼女の声が変わった、と、最初に気付いたのは、盲目のお母さんで、手術してすぐのショーの時、舞台のそでにいて、純ちゃん(藤圭子の本名純子)の歌をとても上手に歌ってる人がいるけれど、あれは誰?とそばにいる人に尋ねた、そうで、沢木さんが、すごい話だね・・、と。


結局、その出来事がこのインタビューが行われた’79年末の引退のきっかけにもなったようで、その後は渡米、英語の勉強をしてしていて、

自由な生活ぶりが、後記に紹介されてる沢木さん宛ての手紙の文面からも伺え、経済事情もあって進学しなかったけれど、元々中学での成績も良かったようで、

インタビューの最後の方でも、英語の勉強をしたい、と言ってて、それを実行した、ということでもあると思うけれど、

何となく、バークレーからニューヨークへの引っ越しに、英語学校のクラスメートが友人とボストンへ行くのに便乗するつもり、車で行く方が、飛行機で行くより違ったアメリカも見られるし、のようなくだりは、

インタビュー中、彼女は「敗れざる者たち」にも言及してて、沢木本は多少読んでるようだったし、もしかして「深夜特急」旅の影響も多少なりとも?などと思えたり。


巷の情報だと、このロングインタビューがきっかけとは思うけれど、2人が恋愛関係になって、藤純子はNYで沢木さんが来るのを待ってたけれど、

沢木さんは、すでに結婚していたか、結婚前だったとしても、結局彼女の元へは行かず、傷心の彼女は知り合った宇多田氏と結婚、という経緯、という説。

沢木さんは、翌年完成させていたこの本を新潮社から出版予定だったのが、彼女が芸能界に戻って、歌うようにならないとも限らないし、その時この本が枷にならないか、

その時、自分の周囲の人について、あまりにも好悪をはっきり語りすぎているし、要するに、これから新しい人生を切り拓いていこうとしている藤圭子にとって、この作品は邪魔にしかならないのではないか、という逡巡の末、出版はやめた、とのことで、

実際2年後に藤圭似子としてカムバック、あながち無意味な配慮ではなかった、ようだけれど。

彼女との間については、インタビューと通した過程で、互いに好意を抱いていた、というのは認め、実際の関係については否定しているようで、真実は本人同士のみ知る所、だけれど、

この会話体だけで成り立った画期的な本のお蔵入り理由は、記されているようなジャーナリストとしての男気、対象人物への配慮、のみなのか、

結局振る形になってしまった元恋人への配慮、遠慮、というのも入り混じってのことか?ここら辺もやはり本人のみぞ知る、という所。


前に「旅する力 深夜特急ノート」で、彼女とパリの空港で遭遇、という出来事に触れてた時と同様、今回の沢木さんの誤記からは、そのような恋の痕跡らしきニュアンスは特に感じられず、

彼女からのラフな手紙も、最後に「体に気をつけてください あまり無理をしないように。」とはあるけれど、ロングインタビューを受けたきっかけでの親しい友人感覚、ともとれなくはないけれど、

このインタビューを通して、沢木さんには、彼女の意外な素朴、というか天然、率直、純粋さに驚き、というような節が見られるし、

藤純子にしても、まあ沢木さんの紳士的対応、話しにくそうなことはスルー、自分の経験談も交えてラフに、折に「ハハハ・・」と苦笑したりかわしたり、という進め方もあるかもしれないけれど、ここまで色々あけすけに話してる、という事実からして、

芸能リポーターとは一味違う、違う世界での広がりを持つ沢木さん、という対象に、人間~男性として魅かれていった、としても不思議はないのでは、というのが正直な所。


今回沢木さんがこの出版を決意したのは、突然の訃報後、宇多田ヒカルや元夫の宇多田照實氏のコメントで、「謎の死」は、精神を病み、長年奇矯な行動を繰り返したあげくの投身自殺、という説明で落着、

でもこの本のコピーを読み返し、そういう一行の表現で片づけることのできない輝くような精神の持ち主が存在しる、と感じて、新潮社の今の担当者に読んでもらった所、

宇多田ヒカルと同年代の女性から「これを宇多田ヒカルさんに読ませてあげたいと思いました」ときいて、自分も同じことを感じているように思って、強く撃たれた、のが引き金になった、とのこと、

直接の接点はないのかもしれないけれど、沢木さんにとっても、宇多田ヒカルは、初めて歌声を聞いた時から気になってて、母と同じように早い結婚、また離婚、という経緯にも心を痛めてた、そうで、

まあそれは、以前1ファンでロングインタビューして親交もあった演歌スターの娘、としてだけなのか、元恋人の、遺伝子を引き継いでブレイクしたビッグスター、として、なのか?だけれど、とにかくそういう宇多田ヒカルに対しての、という部分、

>ネット上で、藤圭子のかつての美しい容姿や歌声は聴けても、彼女のあの水晶のように硬質で透明な精神を定着したものは、この本にしか残されていないかもしれない、< 

という気持ち、この「流星ひとつ」というタイトルは、今回新たにつけたのでなく、書き終わった時点でつけて、渡米していた藤圭子本人にも送ったらしいけれど、

>いま、自死することで穏当に星が流れるようにこの世を去ってしまったいま、「流星ひとつ」というタイトルは、私が藤圭子の幻の墓に手向けることの出来る、たった一厘の花かもしれないとも思う。<という後記の締めくくり。


私は藤圭子については、近年、外国の空港で大金を没収された、などというスキャンダルの覚え、また、昔沢木さんとの噂があったのだったと知った、ということはあるけれど、

大まかには、幼い頃TVでの、オカッパヘアの渋い声でメランコリックに演歌を歌う姿、引退して渡米、この人とアメリカって、今一結びつかなかったけれど、

噂通り沢木さんとの破局があったとしても、NYで宇多田氏と結婚、娘も生まれ、しかもその娘が後に宇多田ヒカルとして大ブレイク、

辛苦をなめつつもその代償として、公人、私人として幸福も得たかのような、だけれど、結局は、心を病んでいた、という皮肉、悲痛な最期、というインパクトはあっても、

この本を読まなければ、その生身の姿、というのは漠然としたまま忘却の一途、だったのが、正直、恋の噂のあった沢木さんと藤圭子の始まりのやり取り?という下世話な興味を通り越して、

今にして、沢木さんから引き出されていた、その素顔、率直な言葉が全編に散らばり、なかなか異色沢木本、と言ってもいいのか、臨場感的面白さある1冊でした。

関連サイト:Amazon 流星ひとつ/沢木耕太郎
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by MIEKOMISSLIM | 2014-12-19 01:43 | 本・音楽 | Trackback | Comments(0)


私の暮らしかた / 大貫妙子(’13)

先日、昨年秋に出た大貫妙子新刊エッセイ、「私の暮らしかた」を読み終えました。

これも、先日の「ユーミンの罪」に続き、年頭位に図書館に予約していたのが、先々週末ようやく連絡。こちらも私の後に35人待ちで、なかなかの人気ぶり。今手元に大貫著作「神様の目覚まし時計」「散文散歩」があって、それ以来。


やはりあっさり読み易い文体で、葉山の自宅での、自然志向らしい暮らしぶり、野良猫達、両親、近所とのローカルエピソードや、田植え、皮むき間伐ツアー参加、旅番組での離島訪問など、相変わらずアクティブな活動ぶり、

折々環境問題への考察や率直な気持ち、など綴られてて、音楽の章も少しあったけれど、一番印象的だったのは、近年相次いで他界したご両親とのエピソード。


「空蝉の夏」の章で、お父さんの大貫健一郎氏について書いてあって、かつて特攻隊員で、実際出撃、その後も、あわや、という所で何とか一命をとりとめていて、実際の特攻攻撃の杜撰さ、無茶苦茶な実態が色々と大貫さんの文を通して語られてて、

改めて、戦時中の混沌の中で否応なく散らされた多くの命、このお父さんが「運命の分かれ道」で生きながらえたからこそ、その後大貫妙子というミュージシャンも生まれた、というようなちょっとした感慨も。

章の最期に、大貫氏へのインタビューを元にしたNHK番組があって、のちに、大貫氏と渡辺考共著「特攻隊振武寮ー証言:帰還兵は地獄を見た」という本が、’09年講談社から出ている、と付記が。


ご両親は晩年、葉山の家で大貫さんと同居してたようで、「ともに食べる喜び」の章で、元々本人も、

>食事は私にとって、音楽を作ることと同じくらい楽しくなくてはならないし、手の抜くことのできない行為なのだ。<

というように、元々本人も食にはこだわりあるようだけれど、高齢の両親のため、内容を考えてマメに食事の準備する様子。


でも、お父さんが寝たきりになり、家での介護も大変、そんな中お母さんが急に倒れ、脳幹出血で意識が戻らず、大貫さんは、決まってるコンサートをキャンセルできず、

終わるまで三日間だけ頑張って。と懇願、その後弟さんとの電話で、血圧が下がって、今日が山かもしれない、ときいて、お母さんの写真を胸に、再び懇願、

お母さんは私が音楽を続けることを誰よりも応援してくれていた、きっと聞き届けてくれると妙な確信があった、そしてコンサートが終わった翌日未明亡くなった、というような経過、

その後の淋しさが「お母さん、さようなら」の章で綴られてて、次の「ノラと私のひとりの家」冒頭で、その一月後にお父さんも亡くなった、とのことで、今もなぜふたりがここにいないのかよくわからない。・・というようなくだり。

何だか、今まだ近くに住む私の母は元気ではあるけれど、今回こういう老いた両親との死をもっての別れについて率直に書いている辺りを読んで、

同じ独身である我が身にも一部重なって、やはりとにかく今に至った状況で、母との時間は、悔いないように大事にしておかないと、などと少ししみじみした次第。


大貫さん本人は、それはまあ淋しいだろうけれど、音楽という世界もあるし、その関連で札幌の方にも住居があるようだし、兄や弟、友人知人層もいて、

葉山の家にしても、一人住まいにはなったけれど、折々登場するノラ猫達とのほんわか交流、気心知れてそうな近所の人々との交流もあって、

本人もマイペースにポジティブな姿勢で、そう侘しい孤独な境遇、という感じはこの本を読む限りはしないのだけれど。<(C)(株)新潮社↓>

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「散文散歩」の最後の方にも、両親や弟さんについての章があったのだったけれど、今回思ったよりも、身辺の老いた両親、その介護問題についても率直に語っていて、

やはり音楽での、ヨーロピアン路線での洒脱なエレガントさ、アコースティックライブでの研ぎ澄まされた歌声の崇高な佇まいイメージ、からは、やや飛躍ある真摯な地道さ、という感じ。


そこら辺、大貫さんと同じ様な世代ではあっても、世田谷の家で暮らし、夫婦で音楽界を様々なカードを切りながら走り続ける煌びやかさ、のユーミンは、そういう意味では、日常レベルでは我が身に置き換えようがない、やはり異次元世界の存在、という感じも改めて。

でも大貫さんにしても、やはりまあ音楽業界の一人者たる、というか、草むしりやボランチィア的な自然の中での作業を厭わない庶民っぽいラフさもあるけれど、

食にしても、自分の米のための秋田の田、とか、名古屋のメーカーの注文後1年待ち!の鋳物ホーロー鍋、とか、

どうも夏でもエアコンを一切使わない、料理に砂糖も使わない、とか、一般人からはちょっとマネのしにくいこだわり、ストイックさ、もちらほら、だけれど、やはり食というのは生活の中で大事な要素、とも改めて思えたり。


今回、折に旅ルポはあったけれど、海外編は「ナマケモノを見に行く」のコスタリカのみ、まあ昨今のエボラ熱騒ぎで、「神さまの目覚まし時計」の頃のようなアフリカ旅行、なども難しいだろうし、

’06年の文である「十八年目のただいま」の章で、9.11テロの衝撃で、以降ばったりと国外へ出なくなってしまった、とのこと。

では何が楽しいか、というと、やはり音楽につきてしまう。とのことで、今回音楽のことに触れてるのは章では「歌う私、歌わない私」、坂本龍一とのコラボアルバム、そのツアーについての「ツアーの日々」、

3.11震災での犠牲者の鎮魂の趣旨もあった高野山でのコンサートの「高野山で歌う」、など。


葉山の家を持つ前、東京で、ソロになって徐々に収入が増え始めて段々広い部屋に引っ越していったけれど、初めての一人暮らしの頃は畳4畳半+3畳の台所の木造アパート、

SUGAR BABEの頃は、どこへ行ってもヤジを飛ばされ、応援してくれたファンもいたけれど、その頃のいい思い出がない、とのことで、今となってはの超名盤「SONGS」の頃の、本人の実情改めて、だったり、

最後の「荷物をおろして」の章で、

>ソロ活動に写って40年経って、山下達郎さんと会うたびに、「こんなに長く続けるとは思わなかったね」と話す。彼のようにバリバリの現役がそんなことを口にするほど、商業音楽の地盤はつねに不確かなものだ。<

・・アルバムを録音してきたスタジオも次々閉鎖になって、レコード~CD~配信ダウンロードになって、という状況で、というような状況は認識、でも、

>流行というのは、忘れた頃にまた同じようなものがまたやってくる、結局、創る者は自分の色を鮮明にして、愚直にやり続けることで、流行とは別のところに自分を築き上げていく、

音楽にかぎらずそういう人を私は支持しているし、そうやって長く続けていく人はどんどん自由になっていく。<

などというくだりは、何だかこの人らしい、という感じ。


最後の方で、声帯の衰えを自覚したらすっきり止めようと思う。それはそれとして実は、ごく最近、歌うことが楽しいと思えるようになった、

ゴールが近くなってきたことが心境の変化の理由なのかもしれない、だんだん荷物を下ろしていくようで気持ちが軽くなる、などとあって、引き際への意識、も感じられるような。

先日トリビュートアルバムはチェックしたけれど、思えばこの人のコンサートはご無沙汰、近年のニューアルバムもノータッチ、

折にテープやCDで’90年代までのを流す位だけれど、浮世離れした清涼ボイスで、多少煮詰まった時にも心に風穴を開けてくれる、私にとっては貴重なミュージシャンの一人。

いつぞや渋谷でだったかのコンサートで、公演後恒例のステージへの行列に加わって、花を渡して「お体大切に頑張って下さい」と声はかけたのだったけれど、

やはりその有り方は違っても、ユーミン同様、末永く活動していて欲しい1人、という感覚改めて、というこの1冊でした。

関連サイト:Amazon 「私の暮らしかた/大貫妙子」大貫妙子 公式サイト
関連記事:SONGS 大貫妙子大貫妙子めがね(’07)SONGS 福山雅治/矢野顕子A LONG VACATION From Ladies(’09)風博士/西岡たかし(’76)・Skylightにポプラの枯葉/伊藤銀次(’83)SONGS / SUGAR BABE(’75)期末テスト対策終了大貫妙子トリビュート・アルバム Tribute to Taeko Onuki(’13)<1><2>

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                <(C)(株)新潮社>

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by MIEKOMISSLIM | 2014-11-03 01:30 | 本・音楽 | Trackback | Comments(0)


なんだかへんて子/ 山中恒(’75) 

春頃に、図書館上映会で久し振りに見た大林作品「さびしんぼう」の原作、山中恒著の「なんだかへんて子」を読み終えました。

「さびしんぼう」を見た後日、未読だったしちょっと読んでみたくなり、借りて以来少しずつは読み進めつつ、途中で中断時期もあったりで滞りつつ、先日やっと読了。


読み易い児童文学っぽく、結構コミカルで柔らかい文体、主人公は同じヒロキだけれど、劇中では高校生だったのが、小4の設定、登場人物も結構名前やキャラクターがそのままだけれど、

劇中の、マドンナ的さびしんぼうの百合子は登場せず、彼女とヒロキの純愛エキスはなし、メイン筋は母タツ子の化身のさびしんぼうとの、コミカルなやり取り、

+劇中と同じくその周辺の学校の友人、先生、タツ子の昔の友人と娘、など絡んで、ヤンチャで明るくあっけらかんとしたファミリー(+学園)物語、という感じ。


何分小4設定、今時の、だと多少テイスト違うかもしれないけれど、書かれた時代も’70年代、劇中にあった、コミカルさびしんぼう側からのヒロキへの、恋心っぽい感情も特になし。

彼女が巻き起こす色んな騒ぎ、母のあたふたぶり、ヒロキと友人久保一男の”オウム騒ぎ”なども、多少設定は違うけど、結構劇中通りのエピソードもあって、

「さびしんぼう」は、この本からは、コミカルさびしんぼうが招く、ラフな息子~母関係のファミリー+折々学園、友情物語要素を取って、

それに、切なさモード漂う、「別れの曲」絡みのマドンナさびしんぼうエキスをブレンドした作品だったのだろう、と今にして。
             


作品を久方に再見した時、やや鼻についた、最後の方のヒロキの逆マザコン気味部分は、原作の方では、やはり最後の方で、ヒロキがタツ子化身少女について、

「でも、あいつ、なかなか、かわいらしかった」ぜ。ちょっと口やかましいところは、いまのママにそっくりだったけどさ」のような科白はあったけれど、それ以外、ヒロキが母への愛着をストレートに見せるような部分は特になく、

やはり小4の少年の無邪気な母への愛着を、高校生設定にした少年に語らせた所で、ややその表現が、バタ臭い感じに思えたのかと、少し納得、という所。


原作のコミカル少女も、神出鬼没の賑やかしキャラ、というのは同じだけれど、やはり小4設定、劇中のさびしんぼうが折に見せたような、寂しげな憂い、なども特になく、

ラストの去り方も、一応もじもじとヒロキに別れは告げるのだけれど、劇中の雨のシーンのように、そうしみじみ別れを惜しむ、というムードはなく、

いつものようにタツ子に追われてのドタバタのうちに姿を消してしまって、古い写真に収まってた、というのは劇中と同じだけれど、何だかまたこの続編として、小5版の彼女が現れそうな、というような割とあっさりした余韻。


この山中氏は、「転校生」の原作「おれがあいつであいつがおれで」や、「はるか、ノスタルジイ」「あの夏の日~とんでろじいちゃん」の原作著者でもあって、

私は今回今にして、筒井康隆の「時をかける少女」以外の大林作品原作を初めて読んで、この「なんだか・・」は’75年に出版、どの程度メジャーだったのか?だけれど、

その頃これを読んだ小学生層が、10年後、高校生版になった、コミカル+尾道舞台の青春映画「さびしんぼう」を見て、しみじみ、ということも流れとして想像できそうな、というほのぼのな1冊でした。

関連サイト:Amazon 「なんだかへんて子/ 山中恒」Amazon 「さびしんぼう」
関連記事:さびしんぼう(’85)別れの曲(’34)

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            <(C)(株)理論社>

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by MIEKOMISSLIM | 2014-09-30 06:19 | 本・邦画 | Trackback | Comments(0)

    

’09年1月末AOL映画掲示板、ブログが終了、気分新たにマイペースで、音楽・芸術鑑賞、ユーミン関連、読書、英検1級対策、グルメ、仕事等含めて書いてます。英検は’11年11月に無事合格達成出来ました!
by MIEKOMISSLIM
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