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別れの曲(’34)

昨日、東京都写真美術館ホールで、ショパンの伝記作品「別れの曲」を見てきました。ここは久し振りで、思い返せば「オランダの光」('03)以来でした。ショパン生誕200年記念で、このGW~16日(日)までの上映ですが、私は4年前この作品を元に作られた、という「楽聖ショパン」(’44)DVD(↓)を買って見ていたり、
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「別れの曲」メロディは、いまだに反射的に「さびしんぼう」(’85)で富田靖子が尾道の海岸沿いを自転車で走る姿が浮かんだり、郷愁の曲。このタイトルからして気になり、近隣店でこのDVD在庫もないようだし、この折に、見ておきたいと思いました。
                                               
ショパンは「雨音はショパンの調べ」ユーミン版、記憶からスッポリ抜けてましたが「Faces」でセルフカバーしてたのでした)絡み等の愛着もあって、当時、小林麻美の「あの頃、ショパン」('84)((C)文化放送局→)というエッセイもあったのでした。ショパンの事には少しだけ触れてる、という程度でしたけれど。

この作品はドイツ語版でモノクロ、「楽聖・・」は英語でカラー、大まかな生涯の流れや登場人物は同じ、各役の俳優も風貌が似ていたり、重なる細かいエピソード、流れる曲、もありましたが、切り口は結構違っていて、リメイク、という訳でもなかったのでした。

大きく違ったのは、ショパンに関わる女性として、「楽聖・・」ではジョルジュ・サンド、この作品はワルシャワでの恋人コンスタンティアがメインで、「別れの曲」(エチュード第3番ホ長調op.10-3)自体も、「楽聖・・」では、ショパンとサンドとのテーマ曲のような使い方でしたが、この作品では、ショパンがワルシャワでコンスタンティアへの想いで書いた愛の曲で、

チラシの大林監督のコメント中、「この曲がそう呼ばれるようになったのは、この映画の邦題がそうだったからだよ。」と触れており、曲自体は、劇中、ショパン(ヴォルフガング・リーべンアイナー)が付けていた詞でコンスタンティア(ハンナ・ヴァーグ)が歌うシーンもありましたが、それ含め、意外というか、愛の喜びに満ちた創作曲、という内容で、この映画での2人の悲恋のニュアンスが生んだタイトルだった、と今にして、で、やはりこの作品の方が、旋律のナイーブで切ない余韻残りました。

a0116217_18425976.jpg5/12追記:どちらも忠実に史実に基づいて、という訳でなく、曲とエピソードも上手く絡ませて脚色してるのかもしれませんが、共通してるのは、当時19世紀前半頃、祖国ポーランドがロシア帝国の圧力を受けていた状況が、ショパン自身、またその音楽にも影を落とし影響していた、という部分。

「楽聖・・」では、マジョルカ島でのサンドとの隠遁の日々、音楽に没頭するショパンに、パリにやってきたコンスタンティアから恩師エルスナー教授を通して、捕えられた同志達の窮状を知り、逡巡の末、祖国を救うため病を押して公演活動に踏み出す、”人間ショパン”、の感触が残り、

この作品では、物語はパリのサロンで才能を認められつつあるショパン、という所まででしたが、初演奏の直前、同志達が、「ワルシャワ蜂起」を起こしたのを知って動揺、予定のモーツアルト曲の代わりに、激しいタッチの即興曲(劇中の作品リスト中にもあった「革命」じゃなかったかと思うのですが、そういう曲調の曲)を叩き込むように弾いていたシーン等、祖国への深い思い持った一個人、というインパクトでした。

それは「楽聖・・」で、サンドとの日々に創作、エルスナー教授が「美しい、けれど・・」と評していた、穏やかな流れの曲群とは異質。「別れの曲」といい、本来そういう繊細な情感の曲を紡ぎ出す資質が、動乱の祖国の影響で、激しくうねる旋律も生んだ、という、幅広さ、とも悲痛にも思えるような、という所も改めて、でした。

5/14追記:それとやはり、コンスタンティアの存在。「楽聖・・」では、ワルシャワでのエピソードも、パリに旅立つショパンを見送る一瞬の姿、だけで、仄かな互いの思いは垣間見えても恋人、というより、祖国の同志の一部、という扱いでしたが、

a0116217_1471560.jpgこの作品では、思いを寄せ合った若い日々、エルスナー教授(リヒャルト・ロマノフスキー)から示唆され、ショパンを暴動の混乱から遠ざけ旅立たせるための偽りの辛い冷淡な嘘、そして成功の兆しを聞いて真の思いを告げよう、とパリに会いに行った時には、ショパンはすでに、別次元のサロン界の人物で、サンドという大物女性に見初められ、彼女との関係に踏み出した所。

ショパンが弾く「別れの曲」を聞きながらも、そのどうにもならない距離に、静かに終わりを感じ、去ろうとする姿。あのメロディが切ない悲恋の象徴として耳に残り、「楽聖・・」での、ショパンの祖国愛、またサンドとのいわば大人の関係、とはまたテイスト違った、この曲モチーフの純愛的ストーリー、としてクラシックな珠玉作、という感じ。

ショパンとの距離、と言えば、恩師エルスナー教授も、両作品の俳優共、頑固さ+洒脱でユーモアもある人物として演じてたのですが、やはりショパンがパリで認められるにつれ、溝が出来た様子は共通。「楽聖・・」ではピアノ教師としてパリに留まり、祖国の危機に目を逸らすショパンに提言、という役割も果たしていたのでしたが、

この作品では、彼にはもう我々は必要ない、と、コンスタンティアに寄り添うように、自分もワルシャワに戻る、と、いう身の振り方。史実は判りませんが、この物語は、この天才青年に、子供時代から連れ添ってきた恩師の、別れ、の側面もあったのでした。

これはハンガリーの巨匠ゲツァ・フォン・ボルヴァリー監督作品で、俳優を入れ替えたフランス語版で’35年に日本で公開され大ヒットしたとの事で、大林監督が、チラシのコメントで、「・・僕はこの映画とショパンの音楽に恋して了ったんだ!いま僕が映画作家なのもそのお陰さ」と結んでいるのですが、その頃に生まれた同監督の指すのは、どちら版なのか?は不明ですが、

尾道新旧3部作の甘酸っぱい感動からは時が経ちましが、先日最新「時をかける少女」でも、大林版の郷愁あったり、今回とにかく同監督の、また「さびしんぼう」のルーツ的作品が、こうして今スクリーンで見られた、という意味でも、ちょっとした感慨でした。

関連サイト:「別れの曲」サイト
関連記事:「理由」(’03)フジ子・へミングの軌跡(’03)楽聖ショパン(’44)転校生 さよならあなた(’07)22才の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語(’07)雨音はショパンの調べカンパニュラの恋/ノクターン(’08)時をかける少女(’10)時をかける少女(’76)

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                  <’10年4月、井の頭公園にて>


by miekomisslim | 2010-05-10 00:00 | 洋画 | Trackback | Comments(0)
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