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小人たちの新しい家(’90)

一昨日、「小人シリーズ」最後のこの本を読み終えました。前作「空をとぶ小人たち」で、誘拐されたものの手作り気球で脱出、無事模型村に戻った小人一家でしたが、

アリエッティとそこを作った人間の1人、ミス・メンチスとの接触が明るみに出たり、追っ手を逃れるためにも、また移動、牧師館に引越し、そこでの様子や終盤また一騒動、という流れで、原書は「The Borrowers Avenged」('82)、訳は猪熊葉子さん。

彼らを誘拐、再び捕えに来たプラター夫妻のボートと川ですれ違い、また間一髪の脱出劇、でしたが、新たな住処の牧師館は、家の端に管理人夫妻が住むだけで、一家は元図書室の一画に住む事にして、食糧貯蔵室もあって、シリーズ最後で、放浪の末やっと落ち着けそうな場所に、という印象。

a0116217_167582.jpgこの本でも、直接「借りぐらしのアリエッティ」エピソード、というのは見られなかったですが、この牧師館はツタに覆われていて、小人達がそれを伝って別の部屋に行けたり、という造りは、アリエッティが翔の部屋に行く様子と重なったりして、「床下・・」での屋敷よりは、劇中の家に近いイメージ、こちらがモデルかもしれない、と。

また、前作ラストでは、将来そういう希望の兆しも仄めかされたりしてましたが、やはり結局アリエッティの思いとは裏腹に、小人族と人間の交流は不可能、というニュアンスが残ったのも、劇中の別れに重なる感も。

近くの教会にはミス・メンチスも折にやってきて、アリエッティはポッドとの約束のため声はかけられませんが、再びその姿を見る事が出来たり、親戚のヘンドリアリ一家も教会に移ってきていて再会。また、牧師館に、丁度そこから引っ越そうとしていた1人暮らしの小人少年ピーグリーンがいて、

足が不自由でも暮らしの中で様々な工夫をする賢さはありますが、絵や詩を嗜むタイプで、前作まででは、アリエッティとスピラーの結婚まで暗示されてましたが、ここへ来て、スピラーとは対照的な新たなキャラクターが登場でした。


9/22追記:教会という住処で、世知辛い所のあった叔母ルーピーも影響を受け、やや寛容に変化していたり、神聖で芸術的な造りや備品、アリエッティと従兄弟ティミスの好奇心そそる探索場にもなるのですが、
(C)(株)岩波書店
a0116217_011284.jpgそこで、ティミスがプラター夫妻に見つけられ、1人でも小人を捕えて私腹を肥やそうとやっきになって、夜教会に忍び込んで大騒動を起こし、「空をとぶ・・」で登場、このシリーズ中、最も悪役夫婦が、ついに警察の御用に、という顛末も、勧善懲悪パターン、ではありますが、その場が教会、というのも皮肉、というか、傲慢な人間性への天罰、的な含みも感じられたり。

その教会で見かけたミス・メンチスに、終盤、自分達が元気だ、という事を話したい、とスピラーとピーグリーンに訴えかけるアリエッティ、スピラーは、「空をとぶ・・」終盤彼女に自分がそれを伝える、と約束した事を問いただされ、無言で場を去りますが、

知性派小人で普段親切なピーグリーンさえも、人間に話しかけるのはばかげたこと、と一蹴、自分達の居場所を知られちゃいけない、と、ポッドと同じスタンスは曲げず。ただ自分達が安全だ、と伝えたい、というアリエッティに、本当に安全?いつまでも?と穏やかに切り替えした所で2人のシーンは終わり、

最後の「訳者のことば」で猪熊葉子さんが、「現代の人間もまた、借りぐらし族と同様に、核戦争の脅威や自然破壊等、絶滅の危機にさらされているし、小人達が平和な暮らしを送るのは、「借りられている」人間が真の平和を手にした時ではないでしょうか」等と述べてますが、

そういう意味では、「床下・・」から一貫してのポッドや、ピーグリーンのスタンスは、アリエッティの他意のない人間に対するこだわりないオープンな姿勢、に比べると、頑な、とも取れますが、一般的に人間には当面、とてもそういう見込み、まして小人族への包容力はないので、下手に関わるのは、結局は危険、という判断に思えたりも。


                                        (C)(株)岩波書店
a0116217_22203944.jpg「借りぐらし・・」「床下・・」後のアリエッティ一家を追ってきて、シリーズ5冊読み終えて、改めてまず思うのは、能力的、また様々な感情を持つのも人間と同じで、ただその小サイズ、容赦ない自然や人間の力を前にした時の脆弱さや儚さ、でもその中で生きていくための暮らしぶりの、端的な素朴、というかシンプルさ。

住み着いた所によって姓が決まり、アリエッティ一家は大時計の下だったので「クロック」でしたが、ピーグリーンの元の家の、暖炉近くに住んでいた「オーバーマントル」家、等、家の上階、また裕福な家の一画に住む一家の方が”格上”だったり、ホミリーとルーピーのささやかな持ち物比べ意識、等人間のような階級意識はあっても、

基本的に一家の父は、富を蓄えたり名声のためでなく、ひたすら家族の食料、身の安全確保のために、日夜奔走、アリエッティ一家を見る限りでは、3人3様の感覚・考えの違い、はあっても、家族崩壊、等という余裕もない、身を寄せ合ってのサバイバルな日々。

そういう中で、アリエッティの視点からの、自然や人間世界の中の美しさや、冒険の楽しさ、等が挟まれて、猪熊葉子さんは「ロビンソン・クルーソー」の伝統の中で生まれた作品、と指摘してますが、やはりこれは原始時代の人間の狩猟生活のミニチュア、少女ヒロイン版、のような気も。

鑑賞前後に渡って、原作とこの夏ボツボツと続編も追って読んできて、児童文学、とはいえ、という部分もありましたが、久方の海外ファンタジーもので、「借りぐらし・・」味わいモードも持続出来て満足でした。

関連サイト:「借りぐらしのアリエッティ」公式サイトamazon「床下の小人たち」amazon「野に出た小人たち」amazon「川をくだる小人たち」amazon「空をとぶ小人たち」amazon「小人たちの新しい家」
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               (C)(株)岩波書店 

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by MIEKOMISSLIM | 2010-09-21 00:00 | 本・邦画 | Trackback | Comments(0)
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