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Something Impressive(KYOKOⅢ)

MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~<1>

一昨夜、NHKBSプレミアムで、3年前に放映、昨年再放送されてたこの番組の再々放送で、過去のをチェックし損ねていて、気になってた番組、

やはり「風立ちぬ」効果のおかげで、今回の再々放映で、ようやく見ることが出来ました。


a0116217_18490.jpg'73年リリースされたアルバム「ひこうき雲」の、レコーディングに関わってた面々が集まって、当時の音源テープであるマスターテープを再生、

色んなパターンで聞きながら回顧、途中、スタジオで即興「ひこうき雲」セッション、というシーンも。<(C)ALFA RECORDS, INS.→>

メンバーは、ユーミン、キーボードだった正隆氏、ベースの細野晴臣、パーカッション林立夫の「キャラメルママ」メンバーに、スティールギターの駒沢裕城、エンジニア吉沢典夫、ディレクター有賀恒夫、

映像でコメントしてたのが、プロヂューサーの村井邦彦、元々「ひこうき雲」を提供された雪村いずみ、エッセイ「ルージュの伝言」にC・Uとして登場してた、デビュー前ユーミンと交流あったバンド「フィンガーズ」のメンバー、シー・ユー・チェン。


とにかく何というか、ユーミンと正隆氏、しかも隣に細野晴臣が並んで座って、「ひこうき雲」曲に聞き入ってる姿、だけで何だか鳥肌もの。

「空と海の輝きに向けて」「恋のスーパーパラシューター」以外の8曲が取り上げられて、それぞれ通しで聞いた後、歌だけ、ある楽器だけ、とか、歌とある楽器、ある楽器類だけ、などパーツだけ流したりもしながら、

あれはああだった、こうだったと、往年の仲間内ベテランミュージシャン同士ならではのラフなやりとりで回顧、自画自賛、というか感心したり、分析、専門用語?や聞き取れない所もあったり、だけれど、

今にして知った、というエピソードもいくつかあったり、改めて、無名だった少女荒井由実が創った楽曲1つ1つ自体のリリカルな魅力、斬新な勢い、

それを認めて、1年費やして完成度高いアルバムに仕上げてた、周囲の面々の男気、というのも改めて、だったり、何かと感慨深い番組で、遅ればせながら見られて良かった。


8/15追記:1曲目「返事はいらない」の後、ユーミンが、演奏はテイク2,3で終わっても、自分は残され坊主で、ボーカルは1年かかった、と苦笑い。

正隆氏が有賀氏に、「一個聞きたいことがあったんだけれど、なんでノンビブラートにさせたかったの?」というので、この人が「ルージュの伝言」でユーミン言う所の"マシーンのようなディレクター”、ノンビブラートの生みの親だったのだった、と今にして。

有賀氏は、ユーミンのは細かいチリメンビブラートで、それが嫌いで、許せなかった、普通にゆったりしたビブラートはかからないし、ノンビブラートで歌ったらどうかな、と思った、そうで、

ユーミンが、それでボーカルトレーニングに行かされて、池上のオペラの先生の所で、ビブラートをなくす、というのは盲目的にやった、とか。


正隆氏が、今これ聞いて、発声がまるで今と違う、ちょっとアカペラで聞いてみようよ、と提案、有賀氏が、アカペラで聞くのは本人がすごく嫌がる、と笑いながら戸惑ったけれど、

ユーミンは笑いながら、いいよ、元からボーカルに執着ないの、それが長生きの秘訣、と和やかなやりとりで、歌だけオン。

改めて若々しく瑞々しいボーカル、ユーミンがセイシ?(聞き取れず)は圧倒的にないよね今より、正隆氏が、ないよね、と相槌、サビの所で、正隆氏が、下だけ、とリクエスト、

今にして聞く、主旋律とは違う「思い出すと涙がでるから 返事はいらない」の本人のコーラス部分。正隆氏が、うわ~懐かしい!と言ってたけれど、何だか私も感慨。

You tubeに、これはまだ、多分キャラメルママサウンドとのセッションじゃない、300枚しか売れなかった、という幻のシングルバージョン。(後に動画消滅)

有賀氏は当時、ユーミンの一番良く歌えた所を繋いで、空けたチャンネルにボーカルトラックを入れていく、というやり方をして、

ユーミンが、それはやめてもらいたい、感情が繋がらない、少しくらい音程が違ってても、きちんと感情が繋がった方が気持ちいい、と反発したそうだけれど、

有賀氏は、頭の中で、これは何十年も残って色んな人が聞く訳、だから聞かれた時に、音程がずれたりしてたらみっともない、だからユーミンに、これは絶対止めないんだ、と言って、

そこから、スタジオに行っても、(ユーミンが)ピアノの傍でないていた、のような、これまた今にして初耳のエピソード。

「ひこうき雲」の歌入れは大変だった、というのは「ルージュの伝言」などでもあった話だけれど、その背後に、ユーミンを容赦なく泣かす、こういう敏腕ディレクターの存在があったとは、というか。

この有賀氏は、無名だった”荒井由実”の創る曲の世界、i才能に並々ならぬ可能性を感じ取ったからこそ、妥協のない完成度を求めた、ということなんだろうけれど、

ノンビブラート唱法についても、ユーミンは「ルージュの伝言」で、偶然が重なっているんだよね。私の詞とか曲はノンビブラートで歌うことが合ってた、すごく無機的に突き放して歌ったほうがいいのかもしれない。それが新しさだったのね。

とあるけれど、この有賀氏がディレクターではなかったら、色んな面で、違うアルバムになってた可能性も少なくない、感じで、

ユーミン誕生時、「キャラメルママ」以外の、表立ってはその功績として名が出ない、こういう人物の存在、バックアップもあったのだった、というのも、今にして。



どうやらこの番組は、「ひこうき雲」当事者達が、その音創りを中心に振り返る、ややマニアックテイスト、と判って、次が「ひこうき雲」。

ユーミンが、ベースだけ聞きたがったけれど、結局サビの所のベース+ピアノで聞いて、細野晴臣はこれまでの人生で、(多分伴奏の)ベースだけ、というのは聞いたことない、聞きたくないよ、と笑い、

ユーミンが、音符で、ということより表情が動いてる、と言って、細野晴臣が、譜面は肝心な所しか書いてなくて、コードだけだから、それが良かった、とか、

正隆氏が、その2番の大サビの所が、ユーミンの地声なのか?気にして、ユーミンは、いや~さすがにそこまで地声は出てない、有賀氏か吉沢氏が、いや地声だよ、と言って、歌だけ流してチェック、でもユーミンは微妙な表情。

何だかこの曲の、これまで取り沙汰されてきた詞の内容、とは別の”音”について、その斬新な広がりのルーツを当事者の口から、というのも、今にして何だか新鮮な。


a0116217_347968.jpgそして、ユーミンデビュー時エピソードとして、C・Uことシー・ユー・チェン氏が映像でコメント。

「ルージュの伝言」<←(C)(株)角川出版>にあったように、「フィンガーズ」のおっかけをやってたユーミンが、米軍基地のマーケットで入手した輸入版を彼らの所持っていって、

それがレッドツェッペリンのジミー・ペイジのLPとか、彼らが18才、ユーミン13才の頃だけれど、当時日本で誰も知らない頃彼女はそういうのを聞いてて、凄く音楽的な感性が強かった、という話。

この人は「ルージュ・・」で、ユーミンが恋してた、でも19才のきれいなフィアンセがいて、3人でよく遊んで、その中で、音楽のことを教わったり、デカダンス、コスモポリタンのような感覚も味わった、そうで、

何となく、そういうきれいなお姉さん的フィアンセも含めた交流の断片が織り込まれてるユーミン曲もありそうな、だけれど、

中国風に"ユーミン”と呼んだのもこの人、色んな意味でやはりユーミンルーツに関わった1人のようだけれど、その風貌、しゃべる姿、というのも今にして。

「ルージュ・・」では、今ロスでチャイナクラブのオーナーになって大成功してる、とあったけれど、今回の印象も、音楽関係、というより、堅い実業家、という印象。


で、ユーミンが自分で遊びで創った曲を、この人の進めでテープレコーダーに吹き込んで、ある日それを持ってきて、この人が知り合いのプロデューサーの所へ、非常に才能があるから聞いてみたら?と、

村井邦彦、川添像郎などを通じて渡した、という橋渡しがあった、という話、そして村井邦彦氏がコメント、’69年か70年にユーミンと知り合って、自分の音楽出版社と契約しないか、という話をして、

大分曲が書き溜まってて、その中に「ひこうき雲」があって、それを雪村いずみの所に持っていって、彼女がすごく気に入って、録音してくれた、という話。


折々主にユーミン関連で名を聞くこの村井氏も、その風貌、しゃべる姿、というのはこれが多分初見かと。

そして雪村いずみが、ユーミンと最初に会ったのがレコーディングスタジオのエレベーターで、着物を着てたので、凄く印象的、私はその曲と歌詞がとっても好きで、凄く胸にくるんで嬉しかった、大好きだった、のような話。

こ人版「ひこうき雲」がある、というのは聞いたことがあったけれど、てっきりカバー、かと思ってたら、ユーミン版より先にレコーディングされてたのだった、というのも今にして、で、

どういう経緯か?当時は世に出ず、'90年の「「カモン・バック Come On Back」というアルバムに収録されてるそうで、You tubeを検索してみたら、その雪村版発見。

     


「ひこうき雲」のユーミン版以外を聞いたのは初めてだけれど、編曲は誰だったのか?おっとりバラード風、優しく包み込むような、由紀さおり(姉妹)が歌っててもおかしくないような、「日本の唱歌」のような印象。

ユーミン版の張りつめたような清冽さ、とは違うテイスト。だけれど、しばらくして、やはりユーミン版がDNA的に染み付いているからかもしれないけれど、

この曲は歌唱力で聞かせられる、という類の曲じゃない、当時のユーミンの声質+(苦肉の)ノンビブラートの歌い方が相まって、絶妙のバランスでこそ息づく曲、という感じ。


でも、3人娘の1人、大題御歌手と無名の17、8才の少女コラボ、というのも、雪村いずみの今回のコメントだと、好意的な受け入れ方、だけれど、「ルージュ・・」にもこの雪村版については触れておらず、

ユーミンが気に入らずお蔵入りになった、というのも考えにくいけれど、ユーミン無名時に加橋かつみの「愛は突然に」の他に、こういう大御所版「ひこうき雲」もあったのだった、と、やはり今にして。


8/16追記:そしてYou tubeに、長谷川きよし版「ひこうき雲」も発見。

「ルージュ・・」に、シングルでこの曲が出た時、長谷川きよしがアルファに来て、ユーミンの曲のストックがあったら聞かせてくれ、と言って、「ひこうき雲」を聞いてもらったら、結構大感激した、というような話はあったけれど、

この人の「旅立つ秋」カバーの他、「ひこうき雲」カバーの存在、というのは記憶曖昧だったけれど、さすがYou tube、というか。

もしユーミン版の前にこの長谷川版を聞いてたら、これはこれで結構好きな長谷川曲の1つになったのでは、とは思うけれど、

オリジナルとは違って(多分)フルート、ヴァイオリンが入るのも、最後ののサビのメロディが違うのも、別にいいのだけれど、あえてそうジャズっぽい締めにしなくても、とは。でもこれまた初めて聞いた男性ボーカル版「ひこうき雲」。

        


ユーミンはここでも、作曲家になりたかった、自分で歌うというのはさらさら思ってなかった、でも思いもよらず私自身が歌え、ということで、

シンガーソングライターに知らない間になっていったけれど、歌うのが嫌で嫌でしょうがなかった、声が変だと思っていたし、というコメント。

そういうことは「ルージュ・・」にも書いてあって、作曲家として受け入れられるのは大変、キャロル・キングとかが入ってきた頃だったから、シンガーソングライターになった方が、作品を世似出せるんじゃないのっていわれて、半分説得されたっていうか、乗せられた、のような話。

ボチボチと初期段階で、ユーミンの楽曲のクオリティの秀逸さを認めていたミュージシャン、歌手、音楽関係者はいたようで、というのも今回具体的に改めて、だけれど、

そのまま作曲家路線、だったら、後に一連の聖子曲でのブレイク、などは有り得たかもしれないけれど、現実の無類のスーパーミュージシャン「荒井由実」「松任谷由実」はいなかった、だろうし、

そういう風にシンガーソングライター路線を勧めたのは、おそらくアルファレコード関係者、と思われ、村井氏も無関係ではないだろうけれど、

「ルージュ・・」でも今回も具体的な名は出しておらず、一体誰だったのか?特定の誰か、ではないのかもしれないけれど、そういう分岐点もあって、

でもやはり文句なく歌の上手い雪村、長谷川版の存在だけでなく、「ひこうき雲」をボーカル入れに苦労しながらも自分で歌ってみせたからこその、40年を経て大御所アニメ新作「風立ちぬ」のラストを飾る清冽曲、そしてユーミン神話誕生、

その過程がなければ次の「MISSLIM」も生まれず、私が少女期それを聞くこともなく、ある意味人生も変わっていただろう、という所に遡る歴史、というのも改めて。


8/26追記:そして林立夫が登場。

細野晴臣が、チィンパンアレーの一番油が乗ってた時期、演奏をやらせればピカ一、という自負心があった、たまたまそういう一番いい時期にきたユーミンの仕事だったんで、良くならないわけがない、という感じでスタートした、と振り返っていたけれど、

当時のキャラメルママメンバーでは、この時鈴木茂だけ欠席、思えばこの初回放映の'10年は、薬物事件の翌年だったので、実質出演できなかったか、自粛だったのか、写真や名は写っても、会話にこの人の名も出ず。

この春のNHK「松任谷由実 デビュー40周年 はてない夢の旅」では、ほとぼりもさめてて登場、メンバー揃っての出演で、回顧話や「ひこうき雲」セッションもあったのだった、と。

字数オーバー表示のため、MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~<2>に続く。

関連サイト:NHKーFMブログNHKブログ MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~
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by MIEKOMISSLIM | 2013-08-11 00:34 | 音楽 | Trackback | Comments(0)