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LIFE 井上陽水~40年を語る~<1>

今週4夜連続での井上陽水特番、TV出演自体、私は見かけたのは3年前の「僕らの音楽」以来、単発ライブ映像等はあったかもしれませんが、こういう特集、長いインタビュー番組も覚えありませんでした。昨夜分は前半録画し損ねましたが、1、2夜は一部オンタイム、一部録画で見ました。
                                         (C)(株)新潮社
a0116217_1215193.jpg1夜目の冒頭、様々な人がコメントを寄せていて、友人の沢木さんは、旅をしていて胸が痛くなるような感触を思い出す、と語っていて、後の放送でそれは、ドラマ版「深夜特急」('96~'98)の陽水テーマ曲「積み荷のない船」についてだった、と判ったのですが、改めて、あの旅を”積み荷のない船”、というのも、何だか言いえて妙、と。「深夜・・」文庫は各巻末に対談が載っていて、最後の6巻目の相手が陽水だったのでした。

小林聡美は、不気味でした、優しいんだか、怖いんだか、とのことでしたが、そういえば主演作「かもめ食堂」('05)テーマ曲が、「クレイジーラブ」だったのでした。陽水テーマ曲と言えば、「夢の中へ」が「放課後」('73)の、だったりしたのでしたが、やはり「ニューヨーク恋物語」('88)の「リバーサイドホテル」がいまだ鮮烈です。小田さんは、同級生みたいな気がして、1人じゃ寂しいし、あいつも頑張ってるから、という気持は強い、というような旨でした。

何冊か手元に陽水関連本もあったり、経歴も断片的に覚えありますが、デビュー40周年だそうで、改めて、という感もありました。福岡の炭鉱町田川での少年時代、石炭輸出の見返り的に、意外と文化的にも豊かな土地、週替りに西部劇上映もあって、父は歯科医で母はお洒落なモダンガール、洋画ばかり見ていてゲイリー・クーパーが好きだった、というような背景。

音楽のルーツは、美空ひばりや三橋美智也の歌謡曲、中学の頃ラジオを聴くようになって、「オンリー・ユー」、二ール・セダカ、コニー・フランシス等経て、やはり彗星のごとく登場、のビートルズのインパクトが大きかったようで、後年、山崎まさよしとスタジオで「Here There and Everywhere」を弾き語りで歌う映像があって、

この曲は、ラジオで知ったのだったか、エミルー・ハリス版が結構気に入って、その曲収録の「エリート・ホテル」('75)というアルバムも買ったりして、久方に、思いがけず陽水バージョンで聞いて、旋律が懐かしいものがありました。

a0116217_12192291.jpg8/29追記:昨日、先日「ぴあ」のはがきで応募しておいた、陽水40周年ツアーチケット2枚の当選通知が来たので、サンクスで決済してきました。先日のユーミンと同じ東京国際フォーラム、その時より10列後ろでしたがそこそこの所、奥さんの石川セリのは行ったことありましたが、陽水コンサートは初めてです。11月半ば、思えば英検直前だったりやや忙しない時期だったのでしたが、これを楽しみの1つにしたいと思います。

8/30追記:3浪の末歯科大進学を断念、高校の時に曲を作り初めていて、海老沢泰久著の「満月 空に満月」('95)等にもあったエピソードだったのでしたが、ラジオ局のディレクター野見山氏が、陽水が直接持ち込んだテープを聞いて、曲の新鮮さ、また何より、人の心に触れる何ともいいようのない哀愁の声、に感嘆、

「アンドレ・カンドレ」としてデビュー、でもこの時代の曲は私は馴染みなかったのですが、洋楽ファンも意識、音楽性の高さが売りだった、とのことで、学生運動が盛んな風潮には合わず、音楽界の1大イベントだった中津川フォークジャンボリーにも呼ばれず、という低迷期で、

当時の主流シンガーに故高田渡氏等の名もありましたが、本人は、アメリカのフォークソングやブルースが好きで音楽を始めた人達が多く、皆本物だと思った、自分はただビートルズが好きで、そういうものは知らなかったし、浮いていたと思う、レコード会社からもリストラされるかも、と言われた、等と苦笑しながら回顧、

小室等が、そもそもアンドレ・カンドレ、という名からして、自分が面白がる、その程度で受けるだろう、と人を見くびっていたし、小さくまとまっていた、等と語っていたり、当時のマネージャー川瀬氏は、反戦歌・メッセージソング主流の中、陽水のはラブソングが多かったりして、でもそれがポップな感じがした、と言ってたりしたのですが、そうしているうちに、よしだたくろうがブレイク。

(C)(株)文藝春秋
a0116217_12491646.jpg改めてアフロヘアの「井上陽水」として、仕切り直し、というか、見方によっては、自分の才能を当時の風潮に見事に合わせてみせた才、とも思えるのですが、この人にとっては、故郷や親への思いを吐露、というテイストの「人生が二度あれば」等、”直球”を投げ始めたら、たちまちブレイク、という流れだったのだった、と改めて。

私は「陽水ライブ もどり道」('73)が初めて買った陽水アルバム、訥々とした語り等も懐かしいですが、今回一部流れた「紙飛行機」「夏まつり」「たいくつ」等、ユーミン以前の子供時代の郷愁ルーツ、何というか”実のある豊穣な音楽”だった、などと改めて感じ入ったり。

シングル「心もよう」はB面「帰れない二人」だったのでしたが、「帰れない・・」をA面に、という声が多く、当時陽水を”売ろう”としていたプロデューサー多賀氏だけが、歌謡曲調の「心もよう」を押していた、というのは、やや意外なエピソード。

「帰れない・・」は、2夜目に、故忌野清志郎氏とステージで歌う映像もありましたが、当時の清志郎氏が、陽水は元々RCの前座で、可愛がっていたのに、あっという間に逆転されてしまった、三鷹のアパートで陽水がカレーを作ってくれたのが青春の思い出、等と笑いながら語っていて、「帰れない・・」は、そういう風に家を訪ねた時に「曲でも作ろうか」という話になって、

1番を陽水が作り、清志郎氏が自宅に帰ってから2番を作って電話で歌詞を伝え、陽水が「清ちゃん、いいねぇ」等と、スタジオに詰めて、ではなくそういうざっくばらんな交流の内に出来たのだった、「氷の世界」ジャケットで陽水が抱えてるギターは、清志郎氏が貸したものだった、等というのは今回知ったエピソードでした。

清志郎氏について、”上質な人間”というか、大体そういう人は寡黙で、口先で適当な事は言わない、余りリップサービスはなく、むしろ何か言った時はとキツい、人間として誠意があるという感じで、年下のようだったけれど、精神的には上にいた人、等と回顧してたのがちょっと印象的でした。

「心もよう」は、最初の奥さんへの思い絡みの曲、だったような覚えありますが、黒いインクや青い便箋、子供心に、今や携帯等で薄れた遠恋の切なさ、センチメンタル詰まった曲だった、と。でもこの曲では、スタッフからの詞の書き直し指示に抵抗なく応じた、とのことでしたが、

「氷の世界」('73)タイトル曲「氷の世界」では、意味不明だし直すように、と言われても、結局押し通し、親の言う事を突如聞かなくなった子供、と例えたりしてましたが、やはり1曲目「あかずの踏切り」~ラスト「おやすみ」まで、何かそういう、才のほとばしりる勢い+ナイーブな叙情性で突っ走り弾きつけられる、少し特異なアルバムだった、と。歌詞カードも自筆だったか、「の」の左部分が大きかったりする独特の文字を、当時真似たりしたのを思い出したり。

1夜目ラストのライブ「傘がない」は、風潮的に、学生運動の理想が崩れ行く時代の無力感、のような見方もされたけれど、本人は、そういう意識はなく、たまたまその時代にいて作っただけ、というような旨のことを語っていて、これは当時そう好み、好感、という訳ではなかった曲ですが、何だか今改めて聞いて、心情の表れ方、というのか、新鮮な感覚でした。


8/31追記:2,3夜目は、80年代の曲と、様々な人々との交流エピソードで、特に故阿佐田哲也(色川武大)氏との話が多く、陽水と共に同氏と交流あった、黒鉄ヒロシ、沢木さん、伊集院静、また「青空ふたり旅」対談あった五木寛之等も、阿佐田氏の陽水への影響、に触れてました。 
                                                                                                                                                
a0116217_18572979.jpg「氷の世界」で大ブレイク、多忙の渦でメンタル的混乱もありつつ走っていたのが、'77年大麻事件という形で破綻、番組では無論というか、一切触れてませんでしたが、富澤一誠が「俺の井上陽水」('83)で、当時陽水が貝のように口を閉ざしたのは、元々口で弁解するような男じゃないし、言葉の空しさ、を知っていて、「やってなぜ悪い」と開き直ってみても自分の存在証明にはならないし、いいアルバムを作っていくしかない、と思ったのだろう、等と書いていて、<(C)(株)旺文社→>  

思えば当時のネームバリュー、ミュージシャンという立場で、「マリファナが何故悪い」、と開き直る、という振る舞いも有り得て、ある部分容認される向きもあったかもしれないですが(薬物絡みの犯罪の可能性、的にはそういう容認は問題外でも)、あえてその件は、汚点は汚点として弁明なく封印、という所が、清志郎氏を評して言っていた、誠意、という部分、この人なりの著名人にしては奥ゆかしさという所かもしれない、と改めて思ったりしました。

そういう波乱のあった後、30代になって、麻雀を介して阿佐田氏に接触、同氏の突如眠気に襲われる病気もあって、傍らの寿司をおもむろに牌のように麻雀台に置いたり、というような、まことしやかな逸話も語ってましたが、実・虚の境目が判らない、独特のモード、というものに感応する所があったようで、私は同氏の著作は未読で名を知るだけですが、

沢木さんは、同氏が陽水に、若い内に成功、という事は、世間を知らないままに、という部分もあるかもしれないけれど、もう少し肯定的に捉えて、ヒット1本は打っているのだから、残りの人生が三振でも打率2割5分で、いいじゃないか、でも打席には立たなきゃダメだけれど、のような話をして、そういう感覚が、生きていく上で、陽水にある種の”緩さ”を与えてくれたんじゃないか、というように語っていたり、

伊集院静が、阿佐田氏と陽水に共通しているのは、西洋人にはない、日本人の、ものを創る、という事に対する「含羞(はじらい)」の感覚で、それは持って生まれたもの、等と語っていたのが、何処か印象的でした。その他、吉行淳之介等からも、大人の男の嗜み、的なものを感じ取ったり、

そういう、陽水の感性への包容力があった、とも言える無頼派作家陣からの影響、また、歌詞については、やはり意味が通じなくてもいいんじゃないか、と思えるようになった、とのことで、80年代のアダルトテイスト曲は、「ジェラシー」「リバーサイドホテル」「とまどうペリカン」等、改めて、脈絡的には意味不明の歌詞部分も多く、それでもメロディにのって、ドラマティックに展開しているような印象なのは、言葉の選び方の才、また聞かせてしまう歌唱力、というこの人独特の世界、と思いました。

若手ミュージシャンとの交流エピソードもあったのですが、今回流れた陽水曲カバーの中で一番インパクトあったのは、一青窈の「ジェラシー」、これは高橋真梨子の「ワインレッド・・」に次ぐハマり具合、と思いました。一青窈は陽水を「サングラスをかけた面白いおじさん」と言っていて、当初互いに近付きにくかったけれど、北海道のライブで共演して、食事の時カニをさばいてくれたりして、優しさを感じた、と。

平原綾香の「心もよう」は特に可も不可も、でしたが、陽水とはメル友で、意外というか絵文字が多い、と。それと持田香織の「いつのまにか少女は」。先日検索中カバーアルバム目次で見かけて、本人が選んだとしたらかなり渋い選曲、とは思って、これは「放課後」('73)の挿入曲でもあったのでしたが、初期の結構好きな曲(「いつのまにか少女は」)だし、何だかどうしても軽味になっていそうで、余りあえて持田カバーは聞きたくない、気したのでしたが、

以前番組で共演の時、持田香織はカバーするなら「少年時代」、と希望したのに対して、陽水が、「少年・・」もいいけれど、これがいいかもしれない、と勧めたのだった、という流れだったようで、その時の、陽水のギターの傍らで歌っている映像で聞いて、陽水直々の選曲、という意識もあってか、それなりにピュアな味わいが、とも思えました。


9/1追記:「いつのまにか・・」と言えばやはり「放課後」関連で「夢の中へ」を連想、前に「放課後」がDVD化、と聞いていたのを思い出し、近隣店に問い合わせてみましたが在庫はありませんでした。1夜目に、シングル「夢の中へ」がヒット、女性誌のチャートの2位に載ってる、と陽水が結構喜んでいた、と安田裕美が回顧してましたが、これもノスタルジーな陽水曲、シングルも買ったのだったかと。

「探すのをやめた時、見つかることもよくある話で」なんて、ポップをまとった核心、という感じで、これは斉藤由貴カバー等もあったのでした。この機に、テープ置き場で陽水のを見てみたら「招待状のないショー」「2色の独楽」「NEGATIVE」「9.5カラット」発見、「陽水ライブ もどり道」「氷の世界」等も録音はあったはずですが、見当たりません。久方に「招待状・・」をかけてみたり。

(C)(株)集英社
a0116217_1681818.jpg「9.5カラット」('84)でのセルフカバーの「飾りじゃないのよ涙は」については、前にエッセイ本「綺麗ごと」('85)や「月カド」特集等でも本人が同様なことを書いてましたが、中森明菜は「少女A」での素人っぽくない動き、振り付けが気に入って、気になっていた、とか、当時恋人だった石川セリが家に来た時、曲はすぐに出来るものだ、と威張りたかった、というか驚かせたくて、30分位で「ダンス・・」を創ってプレゼントした、等と回顧、「ワインレッド・・」に詞を提供した、玉置浩二と「夏の終わりのハーモニー」を歌うシーンもあって、これも曲:玉置、詞:陽水曲だった、と。

今回登場はなかったですが、「9.5カラット」には、唯一の陽水・ユーミン共作曲「TRANSIT」があって、これはユーミンが歌った訳ではなかったし、と「月カド」を見直したら、忘れてたのかもしれませんたが小林麻美への提供曲だったのでした。

陽水の曲に、後でユーミンが詞をつけたようで、コメントで、それはすごく難しいけれど、彼女の詞を見ると、やっぱり立派だなぁって思ったね、ちゃんと詞になってるっていうか、等と書いてたのでした。陽水とユーミンの接点と言えば、浮かぶのは、この曲と、やはり、以前「SONGS 石川セリ」で触れてた、この夫婦出会いになった林良雄パックインミュージック、陽水・拓郎・ユーミン・セリ共演で、事件での破綻後の作家陣との交流とは別に、この時の石川セリとの遭遇、というのも後で思えば節目に、等と思い出しました。


9/2追記:3夜目は広い縁側のセットで、リリー・フランキーと話しながら、映像交えて、の進行で、この回最初の20分程録画し損ねたのですが、陽水のTV好き、というのは聞き覚えあって、「てなもんや三度笠」等思い出の番組が流れていて、藤田まことの「当たり前田のクラッカー」の決まり文句等、笑いながら回想していたり。

世の中で一番尊い仕事は、人を笑わせることだし、自分の曲を聞いて、しみじみ感動される、というより笑ってくれた方が嬉しい、等と語り、思わず、というのか、スタッフの「本当ですか?」という声が入ってましたが、とんねるずの番組に、アフロヘアかつらで出演、「傘がない」の冒頭を歌って、「暗い!」と石橋貴明に頭を叩かれていたり、というような、大御所的には似合わない出演シーンは、やや意外。

影響受けた映画という話題では、幼い頃親に連れられて行った映画館での、ヒッチコックや小津作品「秋刀魚の味」('62)を挙げていて、「ダイヤルMを廻せ」のシーンが流れ、ヒッチコックは完成度高く好きな監督で、「秋刀魚・・」は、劇中父親達が娘の嫁入り談義をしているのが、子供の頃は意味不明だったけれど、やはり自身2人娘の父となって、という部分もあってか、後年見ると、素晴らしいねぇ、と。

また、伊丹作品「お葬式」('84)に郵便配達人役で出演していた、というのは、どうもその配達シーンが流れても、劇中具体的には思い出せませんでした。昨年「ぐるりのこと。」で評価されたリリー・フランキーに、カメラの前で、はいスタート、と演技が出来る、というのはどういうことか?心構えを教えてほしい位で、自分だとどんな短い科白でも、不自然になる、等と苦笑して、それは謙遜か結構本音なのか判りませんが、アンドレ・カンドレ時代に1本出演以外では、その「お葬式」でのチョイ役が、唯一俳優として出演作、だったのでした。

陽水は、伊丹十三監督は、伊丹万作監督の息子として注目していて、そのデビュー作で、タイトルからして興味持って、自ら出演希望したそうですが、そう言えば小田さんも、伊丹作品には心酔、というのが昨年の「クリスマスの約束」エピソードであったのでした。

また、「少年時代」が、原作漫画版の藤子不二雄Aの依頼あって、同名映画篠田正浩監督の「少年時代」('90)テーマ曲として創った曲だった、というのは初耳で、ややスランプ期、ストレートな題材に苦心して、4週間家に帰らずスタジオに篭って創った、とのことでしたが、

この曲は、ユーミンの「春よ来い」のように、何と言うか、王道的名曲すぎ、という感で、そう引っ掛かっていた訳ではなかったのですが、今回、2人の少年の、列車での別れのシーンのバックに流れているのを聞いて、改めて、この曲の持つ、力、瑞々しさが香り立つようでした。

                                    (C)(株)角川書店
a0116217_22445725.jpg陽水の夏の曲、というと「Summer」が好きですが、ギターを抱えて歌っていたセンチメンタルな「夏まつり」等からは、「少年時代」は、歌詞に「夏まつり」は出てきても、ある種安定した大人の懐、という風に曲調も変化、と思ったり。番組中、スガシカオが歌うシーンもありました。

3夜目ラストに歌っていた「海へ来なさい」も、聞いたのは久方、元々割と癖なく穏やかテイスト曲、という印象でしたが、マイベスト陽水曲、初期の、寂寥感傷漂う「冷たい部屋の世界地図」等思えば、同じ海舞台にしても、今聞いて、開けた包容力、のような感触しました。

関連サイト:http://www.nhk.or.jp/songs/life-inoue/http://www.bounce.com/news/daily/
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                      <’90年5月、NYにて>


by MIEKOMISSLIM | 2009-08-27 00:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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「KYOKO」は’02年に映画掲示板にスレッドを立てた村上龍監督、高岡早紀主演映画で、当ブログはそのスレッド、次のブログに続いての3代目です。マイペースで、長年ファンのユーミン関連初め音楽、美術展、仕事、グルメ(食事)、映画、本、日常、旅のことなどアップしてます。


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