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LIFE 井上陽水~40年を語る~<2>

追記しようとしたのですが、文字が多過ぎ、の提示で編集できず、別枠にしました。

4夜目には、90年代の曲、奥田民生との交流、ボブ・ディランの影響エピソード等。上京後、小室等の家でボブ・ディランに馴染み、ディランは一番すごいと思う、と。難解な歌詞が続いた後、「I want you」の連呼で締め、等という形など、かなり感応する所があったようで、

ディランも陽水も聞き込んで、陽水ともよくディラン談義をする、というみうらじゅんが、それは、「氷の世界」で、最後に「・・氷の世界」になっているのも同じ手法、でも、ディランの真似をした人は多いけれど、陽水は真似ではなく、芯の所が同じ気がする、と。みうらじゅんは、いつか、雑誌で著名人が選ぶベスト10映画特集で、ベスト1に私と同じ「ジェレミー」('73)を挙げてた、という覚えあった人でした。

「氷の・・」は、近年のライブで歌っていて若者にも存在感アピール、的な映像もありましたが、スガシカオが、この曲を聞いた時、かなり真っ黒、と驚き、自分もブラックミュージックを意識しているけれど、やはり陽水さんは先駆者、と語っていたり、改めて、各方面にインパクト放った鮮烈曲だったのだった、と。

「ノー・ディレクション・ホーム」('05)でもあったと思ったのですが、歌詞が細切れに書かれたボードを、歌に合わせて次々ディランが落としていくミュージッククリップや、「風に吹かれて」等が流れ、陽水はその歌詞について、「・・blowing in the wind」というのが、阿佐田氏から受けた実・虚の境目のなさ感覚に重なる、と言ってたのですが、

そう言えば先日、依布サラサが「Jブンガク」で、父陽水が、人生に対する答えのなさ、ということで、「風に吹かれて」を引き合いに出した、と一緒に司会のロバート・キャンベル氏に話してたのでした。キャンベル氏は、家族ぐるみで友好あるようで、今回も折に登場、

「少年時代」に出てくる「風アザミ」という花は、実際はない、と苦笑しながら指摘したり、洗練されていて都会的だけれど、熱い、ひねくれているけれどすごく情熱があったり、陽水の歌詞には、日本の男の美しさの1つのパラダイム(原型)のようなものがある、等とコメント。上野千鶴子も、「カナリア」等について、ほとんど意味不明、私は、と自分を同一化は出来ないけれど、ものすごく純度が高い感傷性が結晶して現れていて、やはり凄い人、と思った、等と語ってましたが、

陽水は、「風アザミ」については、そういう言葉が浮かんで、「鬼アザミ」があるならそれもありそうで、別になくても、辞書に載っていない言葉を歌詞に使ったら禁固何年、ということもないし、等とラフに語ってたのですが、そういう歌詞の変化自在さ、で印象深い曲の1つは、パフィーに書いた「アジアの純真」ですが、
                                    (C)(株)角川書店    
a0116217_1516385.jpgそれは奥田民生、という相方との相乗効果、もあって、で、陽水は、ユニコーンのことは知らなかったけれど、解散後、奥田民生が、普通あるようなパターンのように、1人でも平気だ、とプロモーションに励んだりはせず、1年間釣りをして休んでいた、というのが、いいなぁと思って、声をかけた、という経緯だった、と。

互いにこだわりは持ちながら、緩さ加減、の感覚がフィットした関係だったようで、共作「アジアの純真」は、今聞いて改めて、意味不明な陽水の歌詞が見事に、自在なうねりのポップなメロディにハマっている妙、最初の曲名は「熊猫(パンダ)深山」、だったのが、若い女性デュオデビュー曲で、そこまでいくのも、と「アジアの純真」に収まった、そうで、そういう緩さ、が許された仕事、と回顧してましたが、

他に流れた「蟹食べいこう・・」の「渚にまつわるエトセトラ」にしても、悪乗り・ふざけ具合のギリギリ、思えばパフィーの2人が、音楽・キャラクター的に、そういう陽水・奥田の奔放才気、に対応する柔軟さ、懐あって、のバランスだった、とも。

今回、陽水の歌詞は、そういうディラン+阿佐田氏等の影響あった、と今改めて、で、五木寛之は、陽水は、無理な日本語のねじり方をする、シュールリアリズム的な、というような指摘をしてたりしたのですが、陽水が、「曽根崎心中」という言葉を挙げて、曽根崎の「そ」と心中の「し」、「ざ」と「じ」、の韻、そういうものが、聞く側には、無意識に印象深く残る、等と指摘、そういうメカも働きつつ、歌詞を紡ぎ出しているのかも、と。

また、リリー・フランキーと、「人生」というと苦しい事しか浮かばないけれど、「ライフ」だと、楽しい事も色々、というニュアンスもある、のような話をしていて、今英語の氾濫と言われてるけど、そういう効果はあるかもしれないね、等と言ってたのが、この人なりの横文字感覚の一部という気もして、ちょっと引っ掛かったり、

その後、色々言っても、適当、ということかもしれない、とお茶を濁してたのですが、小田さんが、陽水は何処にも辿りつきたくない、辿りついたら終わり、と思っていて、自分は辿りつきたいタイプで、交わることはなさそうだけれど、陽水が、間違って本当に素直な気持になって、(「最後のニュース」ラストの)「・・今あなたに、グッナイ」の部分、だけで作るような曲も、聞いてみたいね、等と語っていたのが、ちょっと印象的でした。

今回、やはりさすがに大御所陽水の4夜特集、多彩な顔ぶれで、最後の方に、特に共作、カバー等は浮かばないですが、中島みゆきさんも、弟が陽水のレコードを持っていて、その歌詞カード+濃密な歌、に感嘆、のような回顧で、コメント寄せてたりしてました。

沢木さんとの交友、というのも、以前エッセイにあったのですが、陽水から、宮沢賢治の「雨ニモマケズ・・」の全部分を聞かれて、沢木さんが書店に走って詩集を入手、電話で教え、陽水が、すごいなぁ、と部分部分感動していて、後に、「ワカンナイ」という、「雨ニモ・・」へのアンサーソング、やや世知辛い現代への風刺、的にも思える曲が出来た、というエピソードも改めて、沢木さんの口から聞きましたが、

陽水の息子の20才祝いの夜の店で、沢木さんが、陽水の「花の首飾り」を是非聞きたい、とリクエスト、それが結構ハマって、本人も気に入り、カバーアルバム「UNITED COVER」('01)にも収録、という話もあったようで、アルバムがどれ程売れたか知らないけれど、少しはおごってもらっても、という位の一言を言ったような、等と笑って回顧してましたが、流れた「花の・・」は、陽水ボイスがマイナー曲調に似合って味わいが、と。

あと、自分達の世代の人間にはまれで、年を重ねるにつれて、急速に、ではないけれど、ゆっくりと上昇している、等と評していて、やや照れでか、笑いながら、判らないけどね、と結んでたりしたのですが、思えば、沢木さん自身のTV出演、というのも、これまでどうも覚えなく、今回初めて見たのでした。

                                   (C)(株)文藝春秋
a0116217_16122859.jpg9/5追記:「ワカンナイ」のエピソードが載っていた沢木さんの本はどれだったか、手元にあったのだったか、ちょっと探してみましたが、見当たらず、代わりに、単行本「路上の視野」('82)の、陽水との出会いの頃のことを書いてい「寵児」というエッセイが目に入って、これは久方でした。

これは、私は読んだ当時、初めての対談後、なかなか連絡が取れない陽水への、沢木さんからの間接メッセージ、的な印象あった文でしたが、改めて読み直してみて、

陽水が、子供の頃すでに、自分の弱点やコンプレックスを方法化していかないと、世の中に太刀打ちできない、普通にやってたら勝負にならない、みたいな自覚はあった、という所があって、それは、このエッセイでだったのか、別のでだったのか、この人の性質的に、印象に残っていた事でしたが、

その後に、具体的に、小学5年の時、運動会で6年生がやる「棒倒し」、というのは、あんな暴力的で恐ろしいものは絶対出来ない、と本気で悩んで、上手い具合に翌年なくなったけれど、というような部分があって、余り関係ないかも知れませんが、私も小学生か中学生の頃だったか、運動会のリレーで、他のクラスの友人達と同じ順番で、その時の、普段の仲いいムードとは無縁、押しのけるような猛烈な友人達のダッシュ振り、に、とっさに圧倒され、微妙な違和感残って、勝負事は自分には向かない、等と思ったのを思い出したりしたのでした。

「寵児」は’75年の文で、沢木さんは、当初陽水には関心なかったのが、レコードで全曲聴いてみて、そこから滲んでくる、時代の「気分」に魅かれ、会ってもいいな、と思ったのだった、と。対談した時、「深夜・・」旅の話に対する陽水の、「でも、それは日本では歌にならないだろうな」のような反応が印象に残って、感性が似た同年代の若者、として意識、というようなエピソードもあったのでしたが、

「2色の独楽」や「青空、ひとりきり」辺りの、完成度が高まった見返りに、時代にクロスした「気分」を失くし始めた、と危惧、ジョーン・バエズの、ボブ・ディランとの良き時代への回顧、と重ねていたり、

コンサートで、シーンとした時に、「陽水!」と嬌声を挙げた女性がいて、失笑が起こり、陽水は「内気だと思って僕のこと、バカにしてるんでしょ」といって、その気まずさから女性を救い上げ、それについて、沢木さんは、実に心の優しい反応の仕方だ、と思い、私は改めて、何だか陽水らしいような、と思ったのですが、

その後陽水は「もう、その位のことじゃ驚かなくなったんだからね、変わったんだ」とさらに優しく付け加え、沢木さんは、それが自信と同じ位怯え、でもあるように受け取れて、印象深かった、と、あったのですが、61才の年輪重ねた今の陽水、という特集の後、読み返してみて、当時やはり27才にして惑いある成功者陽水、という側面を斬った、沢木目線の文だったのだった、と、これも改めてでした。近隣店に「少年時代」DVD在庫あり、見てみようかと思ってます。<追記終り>

(C)(株)角川書店
a0116217_15331726.jpg先日8月30日で61才、3夜目にリリー・フランキーと、この年になると、禍福はあざなえる縄のごとし、のような事が実感あったり、人生は本当に大変だし、1日1日が大切だぞ、のような、当たり前の事を言うようになった、等としみじみ語るシーンもあったりしましたが、正直、その実像の自在な感覚メカは、測り知れないし、

ほぼ1週間に渡って書いきて、思ったよりも様々な人々、以前触れてたミュージシャンも登場しました。今、本当に健在ぶりが嬉しいと思うユーミン、とは、やはり別テイストですが、陽水は、一言でいってやはり私にとっては1つの”豊穣な世界”、何かと引っ掛かかりあったミュージシャンだった、と改めてでした。

関連サイト:http://www.nhk.or.jp/songs/life-inoue/http://www.bounce.com/news/daily/
関連記事:僕らの音楽(ゲスト井上陽水)SONGS パフィー「アイム・ノット・ゼア」('07)ノー・ディレクション・ホーム('05)SONGS スガシカオクリスマスの約束(’08)英検対策旅する力 深夜特急ノート(’08)LIFE 井上陽水~40年を語る~<1>

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                      <’90年5月、NYにて>


by MIEKOMISSLIM | 2009-09-03 00:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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