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2009年 08月 08日 ( 1 )


旅する力 深夜特急ノート/沢木耕太郎(’08)

この冬買って、少しずつ読んできた沢木新刊、昨日ようやく読み終わりました。幼少時からの、沢木氏なりの個人的な「旅」へのステップ、大学卒業時からのルポライターとしての活動、そしてやはりあの「深夜特急」旅直結の、また後日談の様々なエピソード等、なかなか興味深かったです。
                                      (C)(株)新潮社                            a0116217_1311481.jpg「深夜・・」旅は、ラストは目標地ロンドン到着、でもやや含みを持たせた終わり方でしたが、実はアムステルダムに寄ってしばらく滞在、パリ経由で格安航空券で帰国、その際オルリー空港で藤圭子に遭遇、等というような本当の結末も、今にして、ですが知りました。

朝日新聞の沢木映画コラム「銀の街から」は、最近チェックしてませんでしたが、著作は昨年春頃読んだ「「愛」という名を口にできなかった二人のために」('07)以来、この折に、と、すぐ取り出せる本棚を見てみると、文庫は「深夜・・」1、5,6巻初め10冊、単行本は「オリンピア ナチスの森で」('98)等ありましたが、「深夜・・」は確か文庫で6巻とも手元にあったはずで、他作品共、そのうち奥の方にあるのも確かめておこうかと。

大沢たかお主演でのドラマ「劇的紀行 深夜特急」('96~98)や、「深夜・・」をヒントにした「進め!電波少年」での猿岩石のユーラシアヒッチハイク旅にも触れていて、私はどちらも見ていて、3回シリーズ録画したドラマには、ポルトガル最西端岬等、感慨シーンもあったり、前に「猿岩石裏日記」('96)という本も買ってたりしたのでしたが、沢木さんの両番組への率直な思い・感想というのも初めてで、ちょっと面白かったりしました。

8/9追記:ドラマについては、ドキュメンタリー+フィクションのなかなか面白いものになった、初めて会った大沢たかおは、線が細くひ弱そうだったが、3部作が進む内に明らかに変化していく様子に驚き、最終ロケ地ロンドンで会った時は、別人のように逞しくなっていた、仕事としての旅を、自分自身の旅、と捉え直していったらしい、等と評価してますが、この番組の大沢たかおは、精悍で良かった、とインパクト残ってます。

                                       (C)(株)日本テレビ放送網
a0116217_1426647.jpgその同時期の”ライバル”になった、猿岩石については、沢木さんは、騙されたような形で旅立った2人が、必死で旅するうちに、やはり変化していって、それが視聴者の心を動かしたようだ、危険地帯でのヒッチハイク代わりに飛行機使用の「キセル」問題にも、旅番組で危険を冒す必要もない、と寛容だったようですが、

ドーバー海峡で、船賃を払って車に乗せる人がいるはずはない、無一文の彼らを出入国管理官が入国させるはずがない、これは明らかな「ヤラセ」で、もし彼らが本当に旅する中で変わっていたら、違った決断をしただろうけれど、そうせず「ヤラセ」に乗じた彼らは、多分あっという間に消えるだろうと思ったし、予想通り、彼らのブームはすぐに消えた、等と、辛口で斬ってました。

あの番組は、現代っ子的な何気ないお笑い畑の2人が、沢木ルートをヒッチハイク旅、異国での色々な出来事に出会いながら、という所で、通常の旅ドラマ・番組より面白い所も、という感じで見てました。続く別コンビでの南北アメリカや、アフリカ、足こぎ白鳥ボートでの、似た企画、には飽きもきたのでしたが。どうも引退したようですが、真中瞳も、どのコースか覚えてませんが、チューヤンとコンビでのこの旅で出たのでした。

問題のドーバー海峡では、なかなかヒッチハイクも滞ってた、ような覚えある気して、日記本では、有吉弘行が、ヒッチハイク+フェリー代も出してもらわなきゃいけないし、今までで一番つらい状況だった、等と語ってますが、ヒッチハイクに成功したのに、もう1回撮影するよっていうのがあった、と苦笑していたり。実際ヒッチハイクはしていたとしても、その再撮影、等というのも、どうも不可解、でももう13年前の事の真相は不明ですが、いわば自分の旅のパロディを、沢木さんはそう見てたのだった、と今更ですが、知ったり。
(C)(株)新潮社
a0116217_13123912.jpg沢木さんの一人旅ルーツはそもそも、小学3,4年生頃に、友人が家族と出かける、と聞いた「マツザカヤ」がどうも気になって、電車に乗って大森駅から御徒町の「松坂屋」まで出かけた、という出来事で、その後、中学時代の伊豆大島、高校時代の東北周遊、大学の休みには全国各地へ、と幅が広がった、と。

そういう旅のステップ、というか、私も子供時代、家からそう離れた所でなくても、初めて入り込んだ路地とかの、子供心に異次元な冒険感覚を思い出したり、確か珠算大会で行った本州最南端串本、観光した潮岬や大島の灯台からの広大な海の眺め、が頭から離れず、小学校高学年頃だったのか、親には黙って日帰りで列車に乗り込んで潮岬まで1人で出かけた、様な事や、中学時代クラブの友人と、那智の滝、串本~大島に出かけた、旅の事を思い出したり。

それは女友達との旅だったし、何故親には内緒にしたのか、よく覚えてませんが、何か子供時代の一人旅同様、憧れからの非日常な行動、という漠然とした言いにくさのようなものがあったのかもしれません。

海外旅への沢木さんのルーツは、前にも聞いた事あったと思いますが、小田実「何でもみてやろう」('68)、これはやはり私も子供心にインパクトな1冊、ではあって、以前アメリカをバス旅したのも、端的に言って「何でも・・」+「深夜特急」がルーツ、母とツアー旅でしたがトルコ等も、「深夜・・」の影響もあったりしましたが、沢木さんは冒頭、アン・タイラーという作家の2冊の旅題材小説を挙げていて、その1冊の映画化が大分前ビデオで見た「偶然の旅行者」('88)だったのでした。
                                      (C)(株)新潮社
a0116217_13174814.jpgやはりそういう風に、本や映画絡みの話もちらほらありましたが、「深夜特急」タイトルは、帰国の3年後に見たトルコ舞台の「ミッドナイト・エキスプレス」('78)からで、新聞連載時のタイトルとしてその日本語訳を使うことにして、「深夜急行」より「・・特急」の方が落ち着きはいいし、という次第だった、と。

沢木さんもその主人公と同じように、イスタンブールのヒッピーの溜まり場の店に出入りしていて、間違って異国で獄中生活、という羽目になっていたかもしれないし、劇中、脱獄する、の隠語として「ミッドナイト・エクスプレスに乗る」という言い方がされていたのが、深く心に残ったり、鮮烈な作品だった、ということですが、これは何年か前イランやトルコ舞台の作品検索していた時、引っ掛かった事があって、私は内容に特に興味持てずスルーしたのでした。     

a0116217_17433925.jpg旅自体については、「一瞬の夏」('81)でのカシアス内藤の取材で初めて韓国に海外旅行した時、飛行機から、この下からずっと西に向かっていったら、原理的にはヨーロッパへ行けるのだな、という心のときめき、また人と違う事をしたい、という意固地さ、井上靖の「アレキサンダーの道」で、シルクロードが乗合バスで繋がっていそうだ、という根拠になったり、がバス旅、というスタイルになった、という事や、<(C)(株)新潮社→>

「何でも見てやろう」の他、壇一雄、小林秀雄等の著書等が、旅での自分のスタンスや、行き先の決定に影響したりしたようで、さすがに改めて、勢いだけでなかった、文学青年らしさ、も感じられましたが、印象的だったのは、絞りに絞った、という実用的持ち物一覧や、小島一慶の「パック・イン・ミュージック」宛に送っていた、パキスタンのバスの、始終髪一髪、スピードレース的なクレージーさ、を書いた臨場感ある手紙。

(C)(株)新潮社
a0116217_17485649.jpgまた、旅の早期バンコクで日本人夫妻の現地経験談を聞いて、その夫の「わかっていることは、わからないということだけ」という言葉が、旅中常に頭の片隅にあった、というようなくだり。それはユーラシアの旅で学ぶ事の出来た最も大事な考え方の1つであり、

異国に対してだけでなく、物事全てに応用できるのでは、という気がした、とあって、”謙虚さ”と一言で片付ける類のものでもないかもしれませんが、そういう、どういう対象に対しても、思慮ある目線の伴ったタフな行動、という部分が、沢木さんの魅力の核、という気も改めてして、時間は経ってましたが、私にとってはなかなか読み応えの「深夜・・」サポート本でした。 
                                      (C)(株)集英社
a0116217_19192923.jpg8/11追記:先日取り出した単行本「オリンピア ナチスの森で」('98)を何気なく開くと、緑の背表紙に銀色ローマ字で「To Mieko K.Sawaki」とあって、八重洲ブックセンターで、出版記念のサイン会で買ったのだった、と思い出しました。

沢木さん本人とお会いした唯一の機会でしたが、その時、やはりかなり沢木ファンだった妹の誕生日か何かの折に、送ろうと思って、タイトルは忘れましたが割と新刊の文庫も持参して、買った「オリンピア・・」と共に、文庫にも妹の名宛でサインお願い出来ますか?と申し出た所、隣にいた係の人が、それはちょっと、と遮ろうとしたのですが、沢木さんが「いいよ、いいよ」という風に、笑顔で引き受けて下さったのでした。お礼と、何か一言二言話しました。握手した時、ただ広くごつい手、と思ったのでした。

関連サイト:http://www.amazon.co.jp/%E6%97%85%E3%81%99%E3%82%8B%http://www.eurus.dti.ne.jp/~hiroya/midnightexpress.htm
関連記事:世界は「使わなかった」人生であふれてる(’02)血の味(’00)「愛」という名を口にできなかった二人のために(’07)銀の街から(’07、12月)(’08、1月)(’08,2月)(’08、3月)(’08、4月)(’08,5月)(’08、6月)(’08、7月)(’08、8月)(’08、9月)(’08、10月)(’08、11月)(’08、12月)(’09、1月)(’09、2月)

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                <’96年5月、イスタンブールにて>            

by MIEKOMISSLIM | 2009-08-08 00:00 | | Trackback | Comments(0)
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「KYOKO」は’02年に映画掲示板にスレッドを立てた村上龍監督、高岡早紀主演映画で、当ブログはそのスレッド、次のブログに続いての3代目です。マイペースで、長年ファンのユーミン関連初め音楽、美術展、仕事、グルメ(食事)、映画、本、日常、旅のことなどアップしてます。


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